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ミッションがない、無責任、悪平等、集団マゾ

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 神輿ですかあ。確かに、だけどそれならどうやって毎日の仕事は進んでいるんでしょうか?
 神輿をかついでいるかつぎ手同士が、隣の人を見ながら「こちらに向かっているな」という「空気」を読みとって、なんとなく進む方向が決まっていくんだよ。

 みんな変に遠慮して、「けっして他人より出過ぎてはならない」と過剰に自分を抑えている。そしておそるおそる周囲の状況を見て対応を決めている。そこには自分で自分の運命を切り開くという、信念に基づいた確信がないね。

 それって、小泉さんが自衛隊のイラク派遣問題に関して言ってることと一緒じゃないですか。そういえば、会議だって理屈をたたき合わせて合理的な判断をするんじゃなくて、話の流れでなんとなく結論が決まっちゃいますね。それもみんな遠慮して意見を言わないから、消極的なセンで決まるか、亀田部長みたいに声の大きい人のむちゃな意見が通っちゃいますね。

 そうすると、亀田部長みたいに自分の管轄の仕事や、プロジェクトの結果について平気で責任逃れをするというのは、どういうふうに説明できるんですか。

 神輿をかついでるとね、塀や軒先を壊したり、生け垣や植木に突っ込むことがあるんだけど、昔からその責任は問われないことになってるんだよ。どうしてかというと、それはだれがやったことでもなくて、神様がやったことだから。神様の責任は問えないよね。

 それと同じで、みんなでかついでいるプロジェクトが失敗しても、それは誰の責任でもないわけ。あえて言うならば、トップの責任なんだけど、情報はすべてミドルが握っていて、都合の悪い情報はトップに流さないわけで、トップは何も知らされていなくてただかつがれているだけだから、やっぱり責任は問えない。というわけなので、だーれも責任を取らずにすむという仕組みになっているわけだ。

 そんなの、コーポレート・ガバナンスの考え方からすると、ぜんぜんおかしいと思います。どこかまちがっています。学校で習ったことと違うもん。

 でもまあ、それがカイシャ組織の現実なんだよね。それでも誰も直接的には困らないから、問題視されないんだよ。

 それから、うちの社長は、「人にやさしい経営」とよく言うよね。確かにやさしいよ。ワッショイワッショイみんなで神輿をかついでいるけど、かつぎ手の中には一生懸命がんばってかついでいる人もいれば、かついでる振りだけをしている人もいるよね。なかには、かつぐどころか棒にぶら下がっている人もいる。だけど、神輿というのは町内でかつぐものだから、ご近所付き合いがギスギスしてしまってはならない。だから、「だれがかついでいて、だれがさぼっているかを明確にするための業績評価をしたり、それにもとづいて待遇に格差をつけるなどというのはとんでもないことだ」と、みんな心の中で思っているんだよ。

 どんなにがんばっても、サボっている人間と給料がさほど変わらないのなら、がんばる意味なんかないってことだよね。むしろ下手にがんばるより、適当に上司に合わせている人の方が評判は良かったりする。

 処遇は、年功序列以外にはない。年齢だけは飛び越えようがないから、絶対基準になるわけだ。で、まずいことをしても、成績が悪くても、よほどのことをしでかさないかぎり降格人事もありえないよね。

 悪平等ですよね。うちの会社でも、成果主義とか能力給とか言ってますけど、結局は力がある部の部長が他の部署のA評価の枠をもぎ取ってきて、自分の部署だけはみんながA評価をもらえるようにしてますもんね。それじゃ、意味がないじゃないですか。

 そんなことまでして、組織の和を保ちたいんですかね。それよりも、つき合い残業を減らして早く帰れるようにしてもらったほうが、よっぽどうれしいんですけど。

 ところがね、神輿というのは、かつぎ手みんなが同じように苦しい思いをして一体感を高めるというのが、かつぎ手にとっての一番の喜びなんだよ。

 だってさぁ、神輿というのは神様が町内を回るためにかついでるんだから、それなら神主さんがお札を持って歩いて回った方が話は早いじゃないか。それをわざわざあんなに重くして、みんなでワッショイワッショイかつぐのはなぜだと思う? それは、かつぎ手の中に入って、個人としての自分を消してしまうこと自体が楽しいからなんだと思うよ。

 日本人は、そのような形で共同体の中に自分を位置づけると安心できるんだろうなぁ。要するに神輿というのは、神様のためにかついでいるわけではなくて、あくまでも自分たちがかつぐのが、しんどいけれども楽しいからやっているわけ。外国にもそういうお祭はあるのかな?

 神輿みたいな集団的苦業は見たことないですねえ。

 そういうわけだから、「効率的に仕事をしてさっさともうけて楽に早く切り上げよう」などという発想はあまりなくて、「仕事とは、みんなで一緒に苦しい思いをすることなんだ(成果なんか、関係ないや)」と思い込んでいる。「利益なき繁忙」という言葉を口にするとき、侮蔑的に言うよりは、なんとなく安心しながら言ってるサラリーマンのほうが多いんじゃないかな。

 それでいままでやってきた仕事を、なんの工夫もなく、飽きもせずに、十年一日無意識に繰り返して続けていく。その苦しくて楽しい仕事を続けることこそが、会社の目的だと、入社したときから刷り込まれて信じ込んでいるわけだ。そうやっておくと、上司としては過重労働を押しつけられるので楽だよね。

 あと、無意味なガンバリズムに対して人事考課の点数が高いのも、そういう組織目的に合致しているからだとしか考えられないね。それ以外に納得性のある説明をつけるのはむつかしいな。

人間力とは、「大人になること」と見つけたり

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