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「慮る力」単行本 人間力とは慮る力

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マンション建築コーディネーター
「心の旅」の終着点=オーナー意識に究極の顧客満足がある 5

T社社長
Kさん


*「人のためになりたい」が事業欲の原点

 社員によく言ってるのは、「われわれは仕事を楽しまなきゃいけない。後ろ向きな気持ちでお客さんとつき合ってはならない。何がその人のために一番いいかを考え、お客さんに"よくやってもらいました、ありがとう"と言ってもらったときの楽しさを頭に描いて仕事するべきだ」ということです。
 楽をしようとすると、長い目で見たときに面白くないし、結局しっぺ返しを食うことになるのでうまくいかないと思います。ですから顧客満足度はあくまでもわれわれが楽しく、やりがいを持って仕事ができるのためのものであり、その結果として会社が伸びるというのがビジネスの基本ではないかと思うのです。

 リクルートコスモスでの私の先輩や同期の人は独立してマンションメーカーで大成功している人もいます。中には私のビジネスを見て、「たいへんだけど儲からないビジネスだよね」と冷めた評価をされる人もいます。
 だけど私は、会社の継続を考えたときに、「まずはお客さんに喜ばれる仕事をするにはどうしたらいいか、お客さんの立場になって考えたい」と考えるのです。
 リクルートコスモス入社一年目に、早速マンションを購入しました。六〇平米で3LDK。リクルートコスモスはファミリーマンションしかないのです。だけどこれでは独身者には使いにくいので、「部屋を大きくしてください」と頼んでも「変更できない」と拒否されました。また、私は自分でマンションを売っていますから、マンションの建築の不合理なところや、モデルルームなどの販売上の無駄な費用などがよく見えてきます。
 「自分が住みたくないものをつくって、人に売るというのはどうかなあ」という疑問が頭をもたげてきました。「あくまで一人の人間を対象にして、その人が住みたい家をマーケティングするという感覚でマンションがつくれないものか」というのがこの仕事のスタート地点にありました。

 さらに私の事業欲の原点を考えると、高校生の時、押し入れの奥で古いアルバムを見つけたんですが。そこには私が三歳の時に六歳で引き逃げ事故で亡くなった真ん中の兄の写真と、その当時の母親の日記、連日新聞が報道していた記事が貼ってあったんです。
 家族の会話では死んだ兄のことを話すことはありませんでしたが、そのアルバムを見て高校生の私は「親が子供を喪うのはたいへんなショックなんだな。僕は何か子供を救う仕事をしたいものだ」と考えるようになったのです。
 まず考えたのは「アフリカで飢餓で亡くなる子供を救う医者になろう」ということでした。そこで海外援助協力隊のセミナーに行って話を聞いたりしたのですが、「医者は子供の命を救えても、政治の混乱が解決して根本的な状況が変わらないと飢餓の状況が収まらないというむなしさを感じる」という隊員の人の話や、「医者の中には自らの命を落としてしまう人もいる」という話を聞いて、「自分が死んでしまったのでは母親がますます悲しむわけだし、これはダメだな」と感じました。しかし「ある経営者が事業を成功させて、援助活動をバックアップしている」という話を聞き、「そうかっ、起業家として成功し、アフリカの子供を教育して医者をいっぱいつくればいいんだ。自分が医者になっても一人の医者でしかないが、金持ちになれば、大勢の医者をつくれるんだから、早く成功してその後その仕事をやろう」と高校生の私は考えたのです。

 そこで、「自分が得意なことは何なのか、自分が持っている能力は何なのだろう」というところから考え始めました。自分は別段優秀とも思えないので、優秀な人の知恵を借りようと、まず起業家の人たちの本を読み漁りました。
 ヴァージン・アトランティックのリチャード・ブランソンは一七歳で起業しているわけで、「自分でも事業を興すことは不可能ではない」ということを知りました。また、ウォールマートをつくったサム・ウォルトンは、「顧客満足」の概念を教えてくれました。経営は長く続けなければならない。そのためにはお客様にいいものを提供して信頼を築く必要があると心に刻みつけたのです。
 そこで私は、就職をしようかとも考えたのですが、「いま自分が得意なことを伸ばしていくべきだ」とも思い、私が得意なのはスポーツと、人を応援することだったので「大学の体育会に入ろう。経営には体力や精神力も必要なはずだからそれを鍛えよう」と、東北大学のボート部に入ったのです。そのほかに、私は新しいビジネス・スキームや手法などを考えるのも得意ではないかと自分では思っています。
 リクルートの江副さんは、組織をうまくつくるすばらしい才能を持っていたと思います。「自分のような能力のない人間が事業をやるときには、いい仲間を見つけて一緒にやればいいのではないか」と思っていたので、リクルート事件の直後ではありましたが、内定辞退者続出の中でリクルートに電話をして入社させていただいたんです。

*手間がかかっても「客の満足度で他社に勝つ」戦略を貫く

 難しいマーケットに入っていった方が、成功した時にうまくいくのではないかとも思います。そういう意味ではコーポラティブハウスは、うまくいったときにはお客様に本当に満足してもらえるものです。
 「客の満足度で他社に勝つ」というのが私の戦略です。コーポラティブハウスは、お客さんに満足を与えることができるビジネススキームだと思います。そこで「コーポラティブハウスなら、都市デザインだよ」と皆さんに認識していただけるブランドをつくりたいものだと思います。

 日本の都市とヨーロッパの都市には、快適さなどの意味で大きな差があると思います。これを変えていこうと考えたときに、「まず住宅を買う消費者の意識から変えていくことによって、仕組み自体を変えることができるのではないか」と思いました。
 消費者は諦めてしまっているのではないでしょうか。しかし、コーポラティブハウスという一つの選択肢を打ち出して、消費者に新しい視点を提供することもできるのです。
 最近では大手のデベロッパーもマンションの室内プラン変更を行い始めています。そうした参入によって、またわれわれもそれに勝てるように競争を行っていけばいいと思っています。

 私はビジネスマンになる前に、どちらかと言うときれいごとの本をたくさん読んでいたので、それが頭の中にあるのかもしれません。ビジネスマンになった後にそうしたきれいごとの本を読んだら、またビジネスに対して別の見方をしていたという可能性はあると思います。
 しかし私は、「先にそうしたきれいごとの本を読んでいてよかった」と思っています。人間は一人ひとり違っていていいと思うんです。私のスタイルはこうした形だし、自分はそれで正しいと信じています。

 当社には、今までのデベロッパーやマンションメーカーの仕事を辞めて転職してこられる方も少なくありません。
 彼らは私と同じように、「これは何か違うよな」と仕事の現状に疑問を持って転職してきた人たちです。そうした社員たちがワイワイと話している中で、「やはり従来のデベロッパーの方針ではなくて、お客さんの満足を追求するというのが正しいのではないか」と議論し合い、それが社内で増幅して私自身も刺激を受けたりするような社内の雰囲気が、やっとできてきました。

*「慮る」姿勢を支えるのは確固たる信念と独自の価値観

 T社は、オーナーと設計者、金融機関、他のオーナーなどとの間の交渉や利害調整を行うコーディネーターです。当然高い利害調整能力が必要ですが、トラブルが起こる前に解決を図る先見性と、自分の住宅を建てたいと望むオーナーが何を好み何より嫌うかに共感する能力に基づき、なるべく顧客の満足度を下げずに利害調整しているようです。
 彼の話の中で印象に残ったのは、「"あなたのためにとって、これが一番良い方法ですよ"と原則的にオープンに包み隠さず誠実に話すのが間違いがない方法である」ということです。
 「どうせ 一度限りの取り引きなんだから小手先の調整でその場を乗りきってしまえばいいや」という考え方をする人は少なくありません。
 しかしそれでは必ずボロが出るので顧客には大変な不満が残ってしまいます。それが百円二百円の商品なら許せるでしょうが、家は一生の買い物です。だからこそ「顧客に満足を与えたい」というKさんの思い入れがあるのですが、この二者の発想の違いには何があるのかをよく考える必要があるでしょう。

 相手をだましたり、不良品を買わせても商売は成り立ちます。しかし、自分自身の中でのプロとしての成長はそこで止まってしまいます。
 「どうすればより顧客が満足するか」を追及しようとする姿勢は、自分の仕事能力を高める原動力になるでしょう。「情は人のためならず」ということですね。

 そうした顧客満足追求の姿勢が慮る力につながって、オーナーが潜在的に望んでいる住宅の設計を引き出すテクニックに結びついていると思います。
 オーナーは自分の好みや、住宅に対するイメージを、形のない想念として持っているわけですが、それを設計者はキーワードを使ったり、他の住宅の事例を見せたりしながら徐々に具体的な目に見えるものにしていき、設計図に落とし込んで、最終的に「幾らでできるのか」という答えを引き出していくわけです。
 ポイントは、あくまでオーナーの希望を現実化するということで、デザイナーのアイディアを押しつけるのではない。そしてオーナー自身が自分のアイデアに納得し、愛着すら持たせなければならないと考えているところがすごいと思います。まさに相手の心情を慮るプロセスだと言えるでしょう。
 このプロセスを通してT社が顧客の心の中に生み出そうとしているのは、「オーナー意識」にほかならないのです。

 慮る力を養うためには、まず人の生活行動についての一般的な知識が必要ですし、さらに相手の心の存在に気づくことも大切です、しかし私が一番重要だと思っているのは、「この仕事はこうあらねばならない」というしっかりした自分の価値観を持つことです。それがないと進歩は途中で止まってしまうでしょう。
 Kさんは目先の利益追求という視点とは別の次元の、非常に深い動機から起業を目指し、「企業が存続するためには顧客からの支持がなければならない、そのためお客さんの満足度で他社に勝つのだ」という確固たる信念を持って、他のマンションメーカーに比べれば非常に手間のかかるいばらの道を選択したわけです。
 「お客さんが喜んでくれる仕事をするにはどうしたらいいか、お客さんの立場になって考えたいというKさんの「慮る」姿勢は、彼自身の価値観にしっかり支えられています。だからこそ針の穴を通すようなチャンスをものにして、着実に実績を上げ、この価値の旗の下に仲間も集まってきて、社会的に認知されるほどの存在になることができたのだといえるでしょう。


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『慮る力』 お断り この本の目的は、純粋に「ビジネスマンの意識」について論じたものであり、いかなる商品・サービスの購入、団体への加入をも推奨するものではありません。また本書は、あらゆる商品・サービスの宣伝、宗教・政治など諸団体の活動とはまったく無関係です。この本は2001年に取材したものであり、内容が古くなっている可能性があります。

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