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人は仕事を通してすべての人間とつながる
そういうふうにお客さんのためにお茶をたてる、当たり前じゃないかと思われるかも知れませんけれど、でもどうでしょう。仕事をやっていて本当にお客さんのためにやっていると思っているでしょうか、みんな。

自分のために仕事をやっている人というのが、どうも多いような気が僕はするんです。自分をそこで「無」にして、「お客さんに喜んでほしい」というふうに考えれば、何か新しい工夫がそこで出てくると思うんです。それがやっぱりすごく大切なことだと思うんです。それがあればアイディアがないということはなくて、どんどん新しいアイディアや商売の発想が沸いてくると思うんです。そういう気持ちがすごく大切だと思うんです。
そのときには、自分の気持ちはやっぱり「無」になっていてお客さんのことを真剣に考えるということがあると思うんです。それから相手を、人を大切にする、そういう思いやりがなければならない、お茶はやっぱり根本思想として、人を大切にすると家元は言っていました。
人間は平等であると、平等の中でもどんな人にもいい部分がある、だからそのいい部分を見れば、先輩でも後輩でもその人を尊敬することができるでしょうと、そこからやっぱり相手のことを考えるべきではないかとおっしゃっていました。
これはちょっとまた難しいかなと思うんですけど、お茶は禅につながっているというのは皆さんご存知だと思うんです。
禅は悟りの世界ですよね。悟りってどういうものというと、いろんな説明の仕方があると思うんですけれども、自分が世界すべてにつながっているという感覚だと思うんです。
千宗室さんはこういうふうに言っていました。何かを発見したときに「あっ、そうだったのか」と瞬間的に驚くわけですが、そういう驚きがあったときにそれまで個だった自分が、パッと瞬間的に広がっていくような感覚があるんじゃないだろうかと。
そのときに世界中のみんながそこにあるような、あるひとつの広い空間があると。それは般若心経に書いてある涅槃の世界とか色即是空の世界と言ってもいいと思うんですが、人の心をずっと下にたどっていくとそういうところに行き着くんじゃないかなという、そういう考え方もあります。そういう瞬間的な驚きはしかし、プラトンも「タウマゼイン」という言葉で表現してるんですが、洋の東西を問わずにみんな感じていることだと思うんです。
それを言葉を変えて表現するとさっき言ったように、相手のことを考えて自分の心を「無」にして、自分の利益や都合にとらわれずに、不特定多数のお客さんのことを考えていくとどうなるかというと、相手の心と同化して「無」になるわけです。
それが相手だけじゃなくて、すべての人間や社会全体とつながっているという、そういう境地にたどり着くんじゃないのかなと。自分自身の心の中を通してそういうふうなところまでいければ相手と通じ合うことができるしコミュニケーションができるということです。
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