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自分の心を殺すプロ根性
でも彼はこう言うんですね。自分の存在意義にかかわることなんだけど、まあ自分は長男なのに、もう親の面倒を見なくていいと。だから1件でも多く葬儀をやって、1件でも、1人でも多くの遺族の人に会って「今大変ですけども何とかなるんですよ」ということを伝えたいと、そう思っているわけです。ですから彼は遺体に接するときには自分の親に接するようにしているんだと思って取り扱うわけですね。そういう気持ちを持っていると言ってました。 僕は取材に行くとよく「この仕事をやっていて泣いた経験はありますか」と聞くことにしているんです。そうするとすごくおもしろいエピソードが聞けたりしますから。人の感情が動くというのは、あるそれなりのエピソードが必ず得られることなんですが。ましてやその人は葬儀社の方ですから、何かそういうふうに泣いた経験があるがあるだろうと思ったんですが、彼は「泣いた経験というのはこの仕事をやっていて一度もない」と言うんです。 すさまじいプロ根性だと僕は思います。中途半端に相手の気持ちを推量するというそういうテクニックをも、はるかに超えていて、自己満足なんていうのはそこには一かけらもないわけです。自分の感情を頭から否定して、自分の心を殺して遺族の身になって仕事をするという。これはもう遺族の人の共感性がベースになって、ずっと進めていくと自分の立場がほとんど「無」になってという感じですよね。
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