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『慮る力』まえがき 人の「意識」を意識する
これからこの本の中で述べていくことは、すべて「当たり前」のことです。
プロフェッショナルとして仕事をしている人にとっては、常識であり前提であり当然身につけているはずの、「相手のことをよく考えて、相手のためになる仕事する」心構えについてのことだからです。
しかし、この本を読んで「そうか、これは気がつかなかったな」という発見をしない人もまずいないでしょう。「慮る」ことは簡単に見えますし誰にでもできることですが、その奥行きには果てしないものがあります。
どんなに思いやりのある人でも、ふと自己中心的にものを考えてしまう瞬間があります。何かに腹を立てていたり、疲れがたまっていたり、心の平衡を欠いていたり、そういうわれを忘れてしまう瞬間はだれしも相手のことを考えないものです。しかし、気の緩みが続いたり、自分の仕事に対する考え方が甘くなってしまい、相手について考えないことが常態化すると、うまくいっているビジネスにも思わぬ打撃を与えかねません。
現在、日本経済は長期の不況下中にあります。売上が伸びないどころか、モノの価格が下がるデフレーションという状況に陥っていることを政府も公式に認めています。消費者のニーズを満たす新しい付加価値を付け加えていくことができれば、モノの価格は引き上げることができるはずですが、現状はそうなっていません。その理由は、我々の心の中から「本当に相手のことを考えて仕事する態度」が少しずつ抜け落ちてしまっているからではないかと思えてなりません。
巷では、町中でも周囲の状況を考えずに、自分がしたいときにしたいことする自己中心的な若者が増えていて、心ある大人たちは眉をしかめていますが、しかし、彼らに引きずらたわけではなく、現実的に多くのビジネスマンも、知らず知らずのうちに振る舞いが自己中心的になっているのではないでしょうか。
自分がやりやすい仕事だけをやって、そのしわ寄せを部下や関係会社に押し付けている人はいないでしょうか。ましてや、そのしわ寄せ先を消費者に向けているようなことがあれば、その企業は消費者からそっぽを向かれてしまいます。それでも、これまでは企業に高度成長期以来ずっと蓄積してきた分厚い内部留保がありましたから、リストラで余剰人員を出すことによって追い出すことで、何とか企業は生き延びてきました。しかしそんなごまかしももう限界です。それがわかっているだけに、みんな必死で次の方向性を模索しているのが現状だと思います。
本書では、「良い仕事というのは一体どのようなものか」という原点に立ち返って各業界の達人たちに話を聞き、彼らがいかにお客さんや相手を細やかに気遣っているかを、インタビューの手法を使って導き出そうと試みました。
EQ
プロフェッショナルたちは、まず自分自身の仕事の目的や役割をきちんと押さえ、技能をしっかり磨いています。そのためには厳しい訓練と経験、知識を積む時間が必要なのですが、それを支えて前進するエネルギーを与え続けているのは「なぜ自分はこの仕事をするのか」という動機や、さらにそのきっかけとなった原体験でしょう。そして彼らは最初に相手に当たるとき、まず「相手が何を望んでいるのか」をしっかりと読み取り、自分自身の心をコントロールしながら、相手が満足できる結果を出せる仕事を鮮やかに行うわけです。
それは、見ていて惚れ惚れるするような仕事の数々です。一人ひとりの相手に応じて臨機応変、相手が考えてもいなかった潜在的ニーズすら掘り起こし実現するのがプロであり、本物の満足を呼び起こせるわけです。
ここで注意したいのは、では達人たちは相手の一体何を見ているのかです。外見から判断できる情報、相手と会話してわかること、そうした視覚的な情報や言語によるコミュニケーションでわかる情報に基づいて仕事をしたのではとてもプロとは言えません。相手が表現している自分の望みの部分までしかカバーできないからです。本当に喜ばれ、望まれる仕事は、まさに相手の潜在的なニーズを満たすものであり、それが見えるからこそライバルとなる同業者を出し抜けるわけです。
ではどうすればその隠れたニーズを見極められるのでしょうか。
そのカギは、「相手の心を読めるかどうか」にかかっています。つまり、相手は心を持った存在で、一人ひとりが違う考えを持っているばかりでなく、その時その時の心の状態によって態度や行動が変わることを常に念頭に置いて、相手に全身全霊を向けて臨むことで、相手の心を読み取ることは可能なのです。その時には、相手を一個の人格として認め、尊敬していることが前提になります。
また、自分自身の意識の状態がどうなっているかを自覚することも、相手の心を知るためには必要ことです。まず自分の心の中を知ることです。
いい仕事をしている人の頭の中には、いま目の前にいる相手や、あるいは目の前にいないけど自分の仕事を待ち望んでいる大勢のお客さんが、思い描かれているに違いありません。その気持ちがあってこそ、自分が身につけているテクニックが初めて生きるわけです。
ただ単に「売上を伸ばしたい」、「部下をうまく使って成績を上げたい」という利己的な動機で、書店に行けば安直に手に入れられるビジネス書のノウハウだけを導入しても、成功はおぼつかないでしょう。
今日では、経営にしても、組織運営にしても、営業にしても接客サービスにしても、新しい手法やノウハウは簡単に手に入れることができます。しかし、ノウハウを活かせるかどうかは、自分に「プロとしての心構えがあるか」、そして「相手の心を読めるかどうか」によるのです。それなくして「優れた同業者はこうしているようだから、そっくりそのまま真似しよう」と思っても、うまく行くはずがないのです。
しかし、多くの人がこうしたまちがいを日常的に犯していると、当の真似られる立場の達人たちは言っています。
そこでまず、仕事をするときのビジネスマンの意識の中身がどうなっているのかを、ヘイコンサルティングのEQモデルでご紹介しましょう。これに基づいて、意識のどの部分が「慮る力」を構成しているかについて二〇人の達人たちにインタビューした経過を踏まえて、分析した「慮る力」の構造について次に述べるつもりです。第二部では、「プロは何を意識して仕事しているのか」を本人たちにじっくりと説明していただこうと思います。彼らの発言は、元の意味を変えないように留意しながら、私の方で読者に理解しやすいよう手を加えてあることをお断り申し上げておきます。
相手の心を知るための奥義は、やはり自分の心の中にあります。今後ますます競争が激しくなる経済社会で生き残るためには、自分の意識のありようを振り返ってみるアプローチの必要性を私は強く感じるものです。なぜなら自分の意識を知ることが、すなわち客の望みを知ることに直結しているはずだからです。
相手を慮るということは、自らを省みることに他ならないのです。
ビジネスマンの「頭の中身」はどうなっているのかへ進む
nin-r |