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『慮る力』講演会

自分の心を殺すプロ根性


 でも彼はこう言うんですね。自分の存在意義にかかわることなんだけど、まあ自分は長男なのに、もう親の面倒を見なくていいと。だから1件でも多く葬儀をやって、1件でも、1人でも多くの遺族の人に会って「今大変ですけども何とかなるんですよ」ということを伝えたいと、そう思っているわけです。ですから彼は遺体に接するときには自分の親に接するようにしているんだと思って取り扱うわけですね。そういう気持ちを持っていると言ってました。



 僕は取材に行くとよく「この仕事をやっていて泣いた経験はありますか」と聞くことにしているんです。そうするとすごくおもしろいエピソードが聞けたりしますから。人の感情が動くというのは、あるそれなりのエピソードが必ず得られることなんですが。ましてやその人は葬儀社の方ですから、何かそういうふうに泣いた経験があるがあるだろうと思ったんですが、彼は「泣いた経験というのはこの仕事をやっていて一度もない」と言うんです。
 彼は「あえて泣かないことにしています」と言っていました。「どうしてですか」と聞いたら、「葬儀の現場は家族にとってはシビアな深刻な現実以外の何者でもないわけです。ですからそんなところでもらい泣きをするというのはテレビのドラマを見て泣いているようなものであって、ご遺族の大変な状況に直面している気持ちが本当にわかっているとは自分には思えない」と。
 遺族が何を望んでいるかというと、亡くなった本人が生き返ってくれないかということです。でもそれはもう無理なわけですよ。そうするとそこで生半可な同情をして泣くよりも、そこはプロとして接して仕事をするというのがご遺族のためを一番思うことなんじゃないかと、こういうことなんですね。ですから彼は「自分が機械になったような気持ちで自分の感情を整理して遺族のために仕事をさせていただいているんです」と言うわけです。

 すさまじいプロ根性だと僕は思います。中途半端に相手の気持ちを推量するというそういうテクニックをも、はるかに超えていて、自己満足なんていうのはそこには一かけらもないわけです。自分の感情を頭から否定して、自分の心を殺して遺族の身になって仕事をするという。これはもう遺族の人の共感性がベースになって、ずっと進めていくと自分の立場がほとんど「無」になってという感じですよね。
 だってビジネスなんですから利益を取らなきゃいけないのに、彼はそれすらも捨ててもいいといっているというわけですから。
 そういうところまでいくというのがプロとしての、非常にレベルの高い仕事を行う人にあることなんです。つまり自分を「無」にする。自分がその場からなくなって、お客さんのことを真剣に考えている状態です。これは非常に、僕は印象的なお話だったんですけど、もう1つのケースをご紹介したいと思います。

人間力とは、「大人になること」と見つけたり

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