仙波敏郎愛媛県警巡査部長に聞く「警察裏金告発の行方」

「正義の人」 シナリオ版「仙波敏郎物語」 

●なぜ警察は負けたのか.1





□松山城堀端

  東と正岡が、堀の向こうの県警本部を見ながら話している。

正岡「なぜ警察は負けたんでしょうかね」

東「県警は愚かだったからの一言だよね。
 仙波君をすぐに通信司令室などに隔離せずに、3月まで待って週に一便くらいしかない離島の駐在にでも飛ばしておけば、弁護団もどうしようもなかったのに、そこまで待てなかった」

正岡「ではなぜ、県警は愚かなのでしょうか?」

東「それは、そうやねえ、警察組織は共同体だからでしょう。僕は、仙波君や僕の闘いは、警察組織という共同体との闘いやったと思うんですよ。
 日本人は、一人ひとりは優秀なのに、組織に入るととたんにダメになるでしょう」

正岡「ええ、僕は学校で丸山真男の政治学を勉強したので、よくわかります。
 日本では、どんな機能的組織も時間が経つと統治の中心がどんどんずれていって、まるで家の中のことのようになっちゃう。機能的組織を共同体化してしまうんです」

東「共同体としての警察はね、他の役所でも一緒なんだが、本部長と警務部長というキャリア2人を乗せて担いでいる神輿のようなものなんですよ。
 わっしょいわっしょい担がれとる神輿だから、誰も進む方向をちゃんと示せない。だから仙波君の告発のような突発的なことが起こったら対処できんのですわ」

正岡「それに、集団無責任ですからね。違法捜査や不祥事を起こしても誰も責任をとらずにすむ仕組みです。
 最終的には本部長や警務部長が議会で陳謝して終わりですからね。裏金も同じような二重構造で、うまく隠蔽し続けています」

東「あと、集団主義も警察をダメにしている一因なんですよ。出世には実力・成績関係なし。組織内犯罪やいじめは多いけど、すべて隠蔽してしまう。
 変なノルマ主義は冤罪の温床になっとるだけやのうて、警察官のうつ病の原因にもなっとろう」

正岡「組織目的を達成することよりも、ひたすら頑張り続けること自体が重要で、それ自体が組織目的になってますからね。
 警察は、そういう全体主義的な共同体組織になってますね」

東「正岡さん、共同体組織にはね、個人がないんですよ。そこが一番の問題なんです」

正岡「ええ、自立心のない人たちは、何があったとしても、共同体についていこうとしますからね。そのほうが得だと信じているから。共同体からは、そう思わせる飴がたくさん与えられているわけで」

東「その飴を作るために、裏金が必要なんですよ。
 けっきょく共同体組織だから、警察には正義がないし、みんなプロやないんです」

正岡「そうですね、個人を考えてみても、共同体志向の人間は、自分の属する共同体のほうが強いかどうか、多数派かどうかを一番気にしています。つまり強弱を判断の根拠にするんです。そして強いほうにつこうとする。
 でも、仙波さんのようにしっかり個が確立している人は、何が正しいか、何がまちがっているかだけを判断の根拠にしますからね」

東「そういう人じゃないと、正義は貫けんのですよ。
 警察組織の共同体の中にいる人間は、仕事はあくまで身過ぎ世過ぎ、長いモノには巻かれろ。現状維持で何が悪いという、汚れてしまった人間のあきらめ、負け犬根性と共犯意識しかないんです。彼らが持っているのは負の連帯感です。そうじゃないと、あんな情けない裁判、いたたまれなくて法廷から逃げ出しますよ、普通」

正岡「その通りですね」

東「なぜそれでも平気なのか。いや、なぜ警察官のくせに、みんな裏金を作ったり、罪のない一般市民を冤罪で絶望の淵に突き落としていて平気なのか。
 それはね、共同体の中にいて、個を確立してない人にとっては、共同体のルールしかないからですよ。世の中全体に通用している決め事はなんの意味もないんです。だから裏金を作るのももらうのもぜんぜん悪いことだとはおもっていない」

正岡「ええ、丸山真男は、倫理意識の規範は所属している共同体にある。普遍的な倫理規範に昇華しない、と書いています」

東(笑って)「むつかしい言い方やね。でもまあそういうことですよ。
 仙波君はね、若いうちから個が確立していたから、警察組織の共同体に入らずにすんだし、共同体のおかしなところが見えていたんです」

正岡「東さん、真の自由というのは、そういう人にしかないものなんだそうです。
 丸山真男はジョン・ロックの、自由とは理性的な自己決定の能力である、という言葉を引いています」

東「自分はこうしよう、と考えて、その通りに行動できる能力のことやね。それは県警の人間にはない能力やな。
 仙波君は一生巡査部長のままやろう。でも県警の中で彼だけが、真の正義と自由を持っとったんよ。ひょっとしたら、全国の警察の中で彼だけかもしれんね」

正岡「共同体の中にいる人間は、自分が檻の中に閉じ込められているとは気がつかず、自由だと勘違いしているから始末が悪いと丸山は言っています」

東「僕みたいな自由人から警察や役所を見ると、そういう滑稽な部分が丸わかりやけどね」

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この物語は事実に基づいていますが、一部の登場人物、警察幹部間のやりとりなどは創作しています。またいくつかのエピソードは場所を変えたり、実際より省略、時間を前後させて描いています。