仙波敏郎愛媛県警巡査部長に聞く「警察裏金告発の行方」

仙波敏郎 愛媛県警巡査部長に聞く「裏金告発の行方」

仙波夫妻は自決を覚悟した

愛媛県警巡査部長
仙波敏郎 氏  

運営者  しかしそれは、県警の仕業じゃないんですか? 実際に私は、父親が警察官の知人から以下のように聞いています。
 親族が殺人事件を犯した場合には、その警察官は退職するというのが一般的な慣行になっている。しかし仙波さんはそうはしなかった。それで周囲との摩擦が起こったために、自分の身を守るために裏金の問題を告発したのではないだろうかと。
 当時は、実際の周囲の風当たりはどうだったんでしょうか?

仙波  どうだった? 

東   「そのときのことを逆恨みして」という見方はあるにはあった。しかし、自然消滅した形ですよね。
 なぜかといえば、仙波が裏金作りに非協力の態度を取り始めたのは24歳の時ですよ。事件の起きる、はるか前から、仙波はそう心に決めて生きてきたんですよ。それよりも告発記者会見で明らかにされた警察の実態に世間は驚き、仙波君の行動に二度驚いたというのが本当のところでした。世論の反応はそうだったと思いますね。

運営者  その事件の時仙波さんは警察を辞めなかったわけですが、では周囲はそれをどう受け止めたのでしょうか?

仙波  少なくとも僕に対して「辞めろ」と言った人は一人もいません。
 事件を起こした人間の親としては、仕事を辞める辞めないというのは次元の低い話なんです。僕は遺書を書きましたから。

東   自決を考えたんです、この男は。

仙波  「親として、責任を取ろう」と思いましたね。動機がどうあれ、理由が何であれ、最悪の結果が出ていますから、「僕らも死のう」と夫婦で話し、後のことを残った弟2人に、一人は大学生で、一人はまだ高校生だったのですが、2人に託しておこうとしました。「おまえたち2人は県外に行って2人で生きていけ」と諭しました。

運営者  仕事を辞める辞めないの次元じゃなかったというのはそういう意味だったのですか。

仙波夫妻は自決を覚悟した仙波  子供たちは正座して泣きながら話を聞いていましたが、大学生だった二男が僕たち夫婦の心情を知らされて、「お父さん、逝くんだったら4人で逝かないか。こんな事があった以上4人で逝ったらいい」と言いましたね。
 押し問答の末、二男は「おとうさんがぼくたちに頑張れというんなら、まず自分が範を示してほしい。一番つらい厳しい道をお父さんが歩んでくれたら、僕らも生きていくことができる」といいましたね。
 「それは、どういう道か」と聞いたら「現職を続けることだよ」と。
 「じゃあ仕事を続けたら、お前らは頑張れるのか。生きていけるのか?」と聞いたら、「おやじが一番つらい思いをしていたら、僕らも生きていける」と。そうしたら女房は「それはやめてほしい。仕事は続けないでくれ」と強く言いましたね。

運営者  なぜですか

仙波  あまりにも酷すぎると思ったんでしょうね。
 この事件は僕が単身赴任をしている時に起きたので、女房は責任を感じていました。
 事件の日も、息子はいつも通り笑顔で出勤しているんです。その2時間半後に事件が起こって「計画的犯行である」と判断されている。女房はその裁判所の判断を最後まで受け入れませんでしたね。そんなことはありえない、そう思い続けていました、死ぬ日まで。

運営者  わかります。

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