仙波敏郎愛媛県警巡査部長に聞く「警察裏金告発の行方」

仙波敏郎 愛媛県警巡査部長に聞く「裏金告発の行方」

30年間、不正を訴えても誰も振り向かなかった

愛媛県警巡査部長
仙波敏郎 氏  

仙波  全く偶然の出会いでした。その後オンブズえひめの弁護士さんの会合に呼ばれて、裏金問題についてお話しすることになりました。
 弁護士さんたちは僕の話を聞いて、初めて警察の裏金問題の根深さ、深刻さを知ったと感想を漏らされました。「目からウロコが落ちたよ」と。何とかしなければならない、と言われましたね。「オンブズえひめの私たちがいくら実態を話しても世間は信用してくれないだろう。だから仙波さん本人の口からお話しする記者会見をしてくれないだろうか」と求められたんです。
 その時、僕は即座にそのお話を受ける覚悟を決め、「いいですよ」とお答えしたのです。

運営者 そこでまずうかがいたいのは、仙波さんが裏金問題を記者会見で告発された動機なんです。

仙波  タイミング的に、「今しかない」と思いました。
 僕が警察官になったのは18歳のときでしたが、間もなく僕は組織の中で日常的に不正がおこなわれていることを知りました、やがて領収書の偽造を依頼される日が来ることを予感していました。
30年間、不正を訴えても誰も振り向かなかった その日がやってきたのが24歳、巡査部長に昇任し新任地の警察署に赴任した時でした。領収書の偽造は犯罪ですから、僕はためらうことなく偽造を拒みました。すると、署長に呼ばれました。
 そのとき僕はまだ若造でしたけれども、署長に、「これはダメでしょう。こんなことをしていては日本の警察は将来大変なことになりますよ」と申し上げました。すると署長に、「組織の運営には金が要るんだ。君は組織を敵にするのか」と怒鳴りつけられましたよ。しかし、警察官が自ら犯罪を犯すことは許されません。だから、いくら怒鳴られても不正に手を貸すことはできませんでした。
 僕には以後組織の敵という評価が付きまとうことになった。僕はその評価に甘んじてきました。オンブズの弁護士さんたちに記者会見するよう求められたとき、即座に応じたのは思い付きではなかったのです。
 仕事していると仲良くなる新聞記者さんもいますよね。それで、「仙波さん何かない?」と聞くから「じゃあ、裏金やニセ領収書のことを書いたらどうか」と、言い続けてきたんです。だけど、活字になったためしはない。

運営者 デスクが握りつぶしちゃうんでしょうかね。

仙波  警察担当の記者さんはみんな若い、しかし、記事にならなかったのは若いせいだけなんでしょうか? そもそも記事にしなければならない問題という認識がなかったのかもしれません。デスクのところまでその話が届いていたのかどうか、疑問ですね。
 だから僕は、「この話は部内に言ってもブン屋さんに言ってもどうにもならない話だ」と思いながら、領収書を書くことを拒否し続けてきました。
 30数年間、悶々としてきましたよ。一番つらかったのは、昇進できない、したい仕事ができないということでした。それで警察をやめるか、それでも仕事を続けるのかという問題に向き合ってきました。領収書を書かないわけですから、仕事を続けるなら、駐在以外に僕の居場所はない。
 でも僕は仕事が好きでしたから、「それでもいい」と覚悟を固めて今日まで来たのです。カッコ良くいえば、「他はどうであれ、僕は警官として正義を貫ければいいんだ。困ってる人を僕の力で助けらればいいんだ」、そう気持ちを切り替えてやってきました。だけど「この不正な制度をなくさなければ警察に将来はない」と心の中では思いつづけてきました。

運営者 なるほど。

仙波  そう思っていたら、16年の2月10日に道警を退職された原田宏二さんが記者会見して、道警が長年にわたって組織的に裏金作りを行なってきた実態を告発されました。
 その後で愛媛県大洲署の会計課長が飲酒運転で捕まるという事件が起こりました。先ほどお話に出てきましたが・・・。だけど会計課長はクビにはならなかった。

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