仙波敏郎愛媛県警巡査部長に聞く「警察裏金告発の行方」

仙波敏郎 愛媛県警巡査部長に聞く「裏金告発の行方」

信念を貫く者同士のとの出会いと別れ


岡本呻也

東玲治 そのようにして、ここまで来たのだからもう自分は自分の信念を貫き通す。決して日和ることはない、自分は自分であり続ける。そういう生き方をしている人同士が、平成17年の1月15日に出会ったわけです。
 高校の同級生でありながら接点のなかった東さんと仙波さんの仲立ちをしたのは、仙波さんが警察の裏金を告発することを察知したある県議会議員でした。彼は仙波さんに告発を辞めさせる説得を東さんにさせようとして、二人の会合をセットしたわけです。
 どうやら東さんは、最初は積極的に仙波さんに会おうという気はなかったみたいです。ただ彼には、「この県会議員は警察委員会にいるくせに、県民のために警察の不正を追及する立場でありながら、なぜ警察の側に立ってもみ消しを図ろうとしているんだ」という怒りがあったみたいです。それが動機となって仙波さんと会うことになったのかもしれません。
 
 その後のことはこう書いています。
 会って十分ほどで、仙波が、僕と同じ人種、同じように考えている人間だということが分かった。仙波もそう思ったはずだ。
 一銭にもならないことのためにリスクを顧みない男たちを、決して孤立させてはならないと僕は思う。

 たとえ、全部の人間を敵に回しても、自分の信じるものを守ってきた。残された時間はそんなに多くはない。今までこだわってきた生き方を、この先もまっとうするだけだ。仙波も同じことを思っているはずだ。いまさら、生き方を変えるものかと。

 この2人が火の玉のようになって突っ込んでいき、行政を相手に裁判を起こして、弁護団の先生方や皆さんの協力もあって、4年かかって勝訴することができました。これは誠にもってまっとうな話だと思います。
 そして勝利の3週間後東さんは倒れました。まさに戦死でした。
 
 私はこう思います。
 東さんは役人や議員たちに恐れられていましたが、地位もなければ勲章ももらっていない。東さんこそ、まさに「無冠の帝王」だったんです。
 彼はジャーナリストとしても超一流であったし、素晴らしい見識を持つ、まことにできた人間だったと思います。そしてその生き方も素晴らしかったです。信念を貫き通し、美学を貫き通した人でした。
 わたしは東さんと仙波さんに会って初めて、松山に生まれたことを誇りに思うことができるようになりました。こんな人たちは全国どこを探してもいないからです。

 しかし、警察にはそれがない。愛媛県にもそれがない。警察はこれだけの規模の不正や横領をおおっぴらにしておきながら一切謝罪していないんです。彼らは人の道を外れています。東さんと対極の姿勢ですよ。
 そんなことが許されるのか。恥ずかしくないのか。どんなに憤慨しても足りません。東さんなら、彼らを許すことはなかったでしょう。

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