仙波敏郎愛媛県警巡査部長に聞く「警察裏金告発の行方」

仙波敏郎 愛媛県警巡査部長に聞く「裏金告発の行方」


 

強い信念と美学を持つ.2

東玲治

岡本呻也

 それで、東さんは宮沢健次の「「雨ニモマケズ」」の一節に強く共感していました。

 ホメラレモセズ
 クニモサレズ
 サウイフモノニ
 ワタシハ
 ナリタイ

 彼の解釈では、これは、
 存在することを主張しない静かな存在、透明な存在、風景に溶け込んでしまうような、そういう存在でありたい
 ということなのだそうです。東さんは、人に褒められるのが恥ずかしくて嫌な人なんですね。だからもし僕がこうやって話していることを知ったら、「やめてくれ」ときっと言うに違いないと思います。
 でも、とことん人のことを考えて、人のために働く人なんです。それでもって、自分は顧みられなくてもよいという境地を表しているのがこの詩なのでしょう。
 
 東さんは、そういう人です。まさに、「地の塩」です。
 だけど今時、「地の塩」なんか流行らないですよ。東さんのような人こそ顕彰してしかるべきだと僕は思うんです。こんなに偉い人は、なかなかいませんよ。
 
 東さんはこのように書いています。
 自分が選んだ道の先に何が待ち受けているかをおおよそ想像することができ、それがどんなにやっかいなことであっても、驚きはしないし、後悔もしない。またそうあるべきだと、特にこの数年は、自分に言い聞かせてきたように思う。そういう、いわば頑なな生き方をしていると、当然のことながらやっかいごとに出くわした。よけて通る生き方もあるのになと思いつつ、もうよけることができないのだ。しかし、この生き方を続ける限りそれはもう仕方のないことだと、半ばあきらめている。それをやめると、自分が自分でなくなるからだ。
 
 これは、まさに信念です。二股膏薬みたいに、あっちが強ければあっちにつく、こっちが強ければこっちにつく、そんな腰の定まらないやり方だと、東さんのようなジャーナリストとしてのよい仕事はできないと思います。それはどの仕事でも同じです。男の仕事とは、こうでなければならないと思います。
 さりながら自分が不器用であるということは、本人もよくわかっているわけです。

 実は東さんは、とっても映画が好きな人だったんです。その中でもですね、愛媛の南予地方の出身の映画監督ですが、佐伯清という監督が作った、「昭和残侠伝シリーズ」が大好きだったんです。高倉健をスターにした映画ですね。
 高倉健がヤクザからさんざん理不尽な目にあわされて、耐えに耐えた後で、一番最後に池部良なんかと一緒にヤクザのところにカチコミに行くわけです。なぜか雪がしんしんと降っていて、日本刀を持ち、傘をさしながら歩いて行くときに、主題歌の「唐獅子牡丹」が流れるといった映画です。
 佐伯清というのはものすごく頑固な人だったらしくて、その最後のシーンで主題歌が流れるのはばかばかしいと思っていたらしくて、映画会社側はそのシーンを撮らせようとするんだけど、どうしてもメガホンをとらず、そのシーンだけは助監督をやっていた降旗康男が撮影したそうです。
 また高倉健が交通事故に巻き込まれて撮影に遅れたことがあったらしいのですが、その時も「何をしてるんだ!」と怒鳴りつけたという話が残っています。相手がどんな大スターであっても、そういうふうに節を曲げない県人の監督の作品に東さんが共感を覚えていたというのは、僕はとっても面白いことだと思います。

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