仙波敏郎愛媛県警巡査部長に聞く「警察裏金告発の行方」

仙波敏郎 愛媛県警巡査部長に聞く「裏金告発の行方」

メディアのあり方を正しく理解し実践する.1


岡本呻也

 これは本当に今のメディアにできていないことだと思います。メディアのあり方を正しく理解することは難しいです。
 日本では、メディアに入っても、あるいは何の仕事にしてもそうなのですが、上司から「なにしろやってみなさい」と言われて、この仕事は何のためにやるのか、何をやってはならないのか、どのような規範があるのかなどについて、教育されることがないからです。だからこれは、東さんが自分の取材経験の中で、ジャーナリストとは何かとか、ジャーナリストに求められている規範は何かを追求してこられた結果として到達された到達点だと思うんです。
 ましてやそれを現実社会のしがらみの中で、違う規範意識の中で生きている人の間で実践することは、さらに困難です。東さんにはそれができていたと僕は思います。これは非常にまれなことです。
 
 そういう中で、東さんの非常に大きな仕事として、平成14年に彼がスクープした、みかんの光センサー選果機導入をめぐる国庫補助金不正受給事件がありきす。
 県下に十いくつある青果連の選果機導入は、230億円を超える事業です。これを舞台にした大掛かりな不正入札、補助金補正受給事件を、飲み屋で隣りに座った人間がポロリと洩らした一言から執念の取材で明らかにしていったわけです。
 その時に、取材協力者がいたわけです。つまり、スクープというのはどうやってできるかというと、必ずリークがあるからです。不正をやっている組織の内部にいる取材協力者が話を洩らしてくれるからスクープができるわけです。そうでなければ真実は組織の外部に出てきません。だから情報源、ニュースソースの秘匿が判例でも認められているわけです。
 ですからジャーナリストは、まず情報源を開拓し、情報源の信頼を得るということをしなければなりません。そして信頼関係の中で情報を出してくれることを期待するわけですけれど、情報源は、「自分が情報を出すこと自体が危険なのだということを承知しているのかどうか」、これを東さんはとても気にしていたわけです。

 この光センサー選果機不正問題の情報源に対して、彼はこのように書いています。
 心をひらいた相手を、僕は、苦しめたくなかった。不正を正すことはよいことには違いないが、一文の得にもならない。だから誰も自分ではそれをしたがらない。僕はそれが仕事で、義務でもあるが、情報提供者にその義務はない。金で情報を買うこともあるらしいが、僕はそれをしない主義だ。僕は、相手に納得ずくで、なおかつ無償で情報の提供を求めたかった。
 これが、民主主義の根幹を支えているものなのです。「これは不正である。こんなことをしていてはみんなのためにならない。だから自分はこれを他の誰かに伝えて不正をただしたい」、そう思う人がいないと悪人は悪人のままでのさばって、みんなに迷惑をかけ続けることになるわけです。

 見返りのない情報提供が行われるのは、情報提供者が不正を明確に認識し憤り、それを正すことを求めている場合が多い。強い正義感を持って彼らは発言する。僕らはその彼らに突き動かされるようにしてペンを持つ。また持たなければならない。
 リークがあったら、取材をするべきなんです。メディアで取り上げるべきなんです。情報提供者に正義感があるから、リスクを背負って情報を提供しているわけですから。もちろん中には、自分の利益のためだけにやってる人もいるのですが。でも僕の経験でも、正義感を持って情報を出してくれる人が少なくないんです。
 その正義感に突き動かされて、社会の全員のために動くのが、ジャーナリストの仕事です。
 仙波さんはそのようにして警察内部の不正について告発をされた。東さんはその仙波さんを支える側に回ったのも、まったく道理だし自然なことといえるでしょう。
 
 その東さんから見ていると、今の新聞やテレビというのは、
 もはやジャーナリズムではなく、情報産業にすぎない。
 ということになります。役所や企業の発表情報しか書かないからですね。それでニュースの枠の中でどこのラーメン屋がうまいとか、食べ放題がすごいとかやっている。そんなものは必要ない。社会をまっとうに動かすために、道を外れないように正すために報道を行い、民主主義を下支えするのが、本来のジャーナリズムの役割なんだということを、東さんは強く思っていたし、実際そのような仕事をされていたと思います。

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