仙波敏郎愛媛県警巡査部長に聞く「警察裏金告発の行方」

仙波敏郎 愛媛県警巡査部長に聞く「裏金告発の行方」


 

備忘録

 忘れないように、書き残しておきたいこと。

岡本呻也

 仙波さんの第一印象について

仙波さんにお目にかかった第一印象について。
わたしが仙波さんと東さんに初めてお目にかかったのは、08年1月5日、JR松山駅近くの喫茶店でした。
仙波さんのことをテレビで拝見して、「実際にどのようなことがあったのか詳しくお話しお伺いたい」と東さんにお願いして、お休みの日に仙波さんを連れて来ていただいたのでした。

仙波さんは、その3日前に追突事故に遭って軽いむち打ち症になっており、体調は万全とはいえませんでした。

東さんがまず初めに来られて、その後仙波さんがやってこられたのですが、私の第一印象は、「この人は到底59歳には見えないな」というものでした。仙波さんの精悍な面持、きびきびとした動作、身体全体から発せられる生気といったものが、年齢をまったく感じさせなかったので、「この人は退職寸前の人なんだ」とはぜんぜん見えませんでした。

あいさつをした後、仙波さんは横に座った東さんと、支援者の人から来た年賀状について話をしていたのですが、私はその姿を見て、まるで百獣の王ライオンが、「自分には何も怖いものはない」といわんばかりに、草原で寝そべって白い腹をこちらに見せているような感じだなという強い印象を受けたものです。
つまり、まだお話を伺っていないこの時点で、わたしは「この人は公明正大な人なのだ」と感じました。
わたしはインタビューをするのが仕事ですから、これまで数え切れないほどの人にお目にかかっています。初めてお目にかかった場合どんな人でも、これから自分の腹を探られるわけですから、警戒心を持ち身構えるものです。
しかし仙波さんには、まったくその気配がありませんでした。「どんなことでも答える、何でも質問していただきたい、包み隠さずすべてのことを話す用意がある」という気持ちがひしひしと伝わってきたんです。全身でもって、「私は何も悪いことをしていない。正しいことをしているんだ」と、口に出さなくても主張しているし、それがよく伝わってくるわけです。
そういう人には、私はあまりお目にかかったことはありませんでしたので、これにはものすごく驚きました。

その後4時間にわたって、愛媛県警で起こっていること、裏金ついての事実、それに対して、仙波さんがどのように行動し、告発に至ったのかといったことを、時系列的に伺っていきました。そのお話の印象としては、話の内容に具体性があって真実性を感じさせ、すべて筋道が通っていて、まったく矛盾がありません。ひじょうに頭のいい人であることがわかりましたし、話の内容はすべて事実なのだろうと推察することができました。
また自分の感情をよく抑制して、誠実にお話しをされていることから、とても信頼のおける人なのだなという好印象を持ちました。
したがってわたしは経験に照らして、まるまる4時間伺った愛媛県警における裏金についての驚くべき不祥事と椿事は、すべて誇張のない事実なのであろうと確信するに至ったわけです。

さりながら、「このようなことは愛媛県だけでなく日本中で行われており、警察というのは年間400億円もの税金を横領しているとんでもない巨大犯罪組織であったという事実は、さしもの誠実な仙波さんの証言からでも、軽々に信じるわけにはいかない、これは愛媛県だけの特殊事情かも知れない」とわたしは考えました。
そこで、警察の裏金に関係する書籍を10冊以上注文して、読み比べてみたところ、著者や地域が時代が全然異なっているにもかかわらず、ほぼ矛盾点もなく共通の方法で組織的裏金づくりが全国の警察で行われている事実が推認されることから、最終的に仙波さんのおっしゃるところの警察の裏金が、現実に全国的に存在しているのだという結論に至ったという次第です。

これはわたしにとっては衝撃的なことでした。いったいどこの未開国なんだ? ここは本当に21世紀の日本なのか? このような巨大な闇が一般の人たちの知らないところに隠されていたとは、そしてその闇と闘う正義心を持った人たちが忍従を強いられているという事実は、放置することができないものであると考えました。
事実が広がれば広がるほど、わたしのような考えを持つ人は増えるはずです。
許し難いことです。警察はこのままではいられないと覚悟するべきだと思います。

 東玲治さんについて 賢人かつ聖人

東さんについてお話ししたいと思います。
仙波さんは現職の警察官でしたし、勤務中に携帯電話にお電話するのはとても気が引けましたので(わたしは携帯電話がとても苦手で、なるべく人の携帯電話には電話をしないような習慣があります)、わたしはもっぱら東さんにご連絡をしていました。

裁判の傍聴などで松山に伺って、東さんのお話をうかがうにつけ、「この人は凄い人だなあ」という印象を深めました。
東さんがジャーナリストとして優れている点については、こちらの方にまとめておきましたので、お暇なときにご一読いただければと思います。

 ジャーナリスト 東玲治氏を悼む

わたしにとって東さんは、まさに私の求めていた人物だったんです。
人間にはいつまでたっても師と言える人が必要だと思います。自分よりも深い見識や豊かな経験を持ち、その人に教えてもらうことによって自分がさらに高いところに導かれるような人です。
わたしはそういう人を求め続けていたのですが、東京でもなかなか出会うことはできませんでした。
ところが私の故郷である愛媛県にずっと東さんのような人がいらっしゃったのに、わたしはこれまで気がつかなかっただけなんです。「青い鳥」かと。なんと残念なことなんだろうと思うと同時に、でもこれからは東さんにいろいろ教えてもらうことができると、とてもうれしく思っていました。
東さんはまさに賢人と言える人で、愛媛県の県政については、知らないことがなかった、隅から隅まで知悉している人でした。それゆえに県議会議員や県の幹部から畏敬されている人物だったんです。そのことは仙波さんがよくご存じです。東さんと県庁内を歩くと、議員や役人たちがへこへこして媚びてきたそうです。
しかもジャーナリストであれば、そのような立場になった場合、立場を利用してうまく影響力を行使したり、ともすれば政治家の仲間入りをしようというような野心を持っている人が少なくはないのですが、東さんにはそのような発想はカケラもありませんでした。
まさに弱きを助け強きをくじく、まっすぐな人でした。東さんのお話には、常に物事の原則に忠実なまっすぐさが現れていて、その視点から見るからこそ東さんの目には、県内で起こっている本末転倒でおかしな事件のあらましが、くっきりと見えていたのだと思います。いや、中央のことも見通しておられたと思います。

また、弱者に対するいたわりと、侠気を持ち続けておられたと思います。それが、仙波さんに伴走した最後の4年間のこととして、多くの人に知られるようになりましたが、東さんの見せた弱者に対するいたわりは、それだけではありませんでした。
突き詰めると、ジャーナリストというのは"公益性"という視点から物事を考えなければやっていけない仕事なので、真のジャーナリストである東さんからすれば、それは当然の振舞いだったのかもしれません。しかし私から見ると、彼の振舞いはまさに聖人とすら言えるようなものだったと思うんです。

東さんは、人に褒められるのはとても面はゆく感じる人だったので、「僕はそんな正義なんてガラじゃないけどね」といつも言っていましたが、わたしから見ると実に立派な、無私の精神を貫いた人だったと思うんです。そこのところにわたしは強く惹かれます。<br>

わたしは無神論者ですが、もし世の中に神様がいるのであれば、どうしてたった8カ月だけ東さんをわたしに会わせてくれたのだろうと思わずにはいられません。これには何かの天意があるのでしょうか?
一つだけ言えることは、「世の中何を言っても聞いてくれる人なんかありゃしない」と、ジャーナリズムについて絶望感を感じていたわたしの心に、希望の光をともしてくれたのは東さんでした。また、わたしが「こんなところでは到底無理だろう」と見捨てていた愛媛県に、仙波さんのような、実際に正義を貫き通す心の強い人がいるんだ、そしてその人を支える力強い友がやはり愛媛県にいたのだという事実は、私にとっては計り知れない衝撃でした。<br>
わたしは愛媛県に生まれたことを、「とても威張れることではない」と思っていましたが、仙波さんや東さんにお目にかかって初めて、愛媛県に生まれたことに誇り持てるようになったんです。自分の故郷に誇りを持てないなんて、はずかしいことだとは思います。でも実際そのように絶望していたわたしの目の曇りを晴らすために、神様は仙波さんや東さんに引き合わせてくれたのではないかと思ったりもします。
今では、「日本の真の実力は中央ではなくて地方にある」と考え方を変えました。

去年の12月の初めに、東さんのお墓参りに行くために羽田-松山便の飛行機に乗りました。そしたら、使用する機材が全日空の中国路線に投入されている飛行機に変更になったんです。それで座席を探してみると、ないんですね。わたしの座席は、ビジネスクラスに変更されていました。ゆったり寝転んで、東さんの本を読みながらわたしは松山に向かいました。
「岡本が墓参りに来るのなら、ゆっくり来れるように座席くらい変更してやろうか」と天国の東さんが笑いながら配剤してくださったとではないかと思っています。
今でも東さんのことを思うと、本当に胸が塞がる思いがします。

不信心な私ですから、自分の祖先の墓参りも行ったことなんかないのですが、東さんのお墓参りにはもう3回行きました。これからも帰郷するたびに、東さんのお墓の前に行くことになると思います。

 コミュニティポリシング

去年の7月に仙波さんと東さんと喫茶店で話していたら(そうか! あれが東さんとの今生の別れでした)、仙波さんの携帯が鳴って、「岡本さん、わたし鉄警に来てから初めて緊急招集がかかりましたよ」と仙波さん。JR松山駅に爆破予告があったらしいんですね。

わたしはそのまま別の町に行って泊まるつもりだったので、「じゃあ駅まで一緒に行きましょう」ということで、東さんの運転する車で松山駅へ。
東さんは道々、仙波さんのことを「もっと気をつけたほうがいいよ」と、いろいろ細かく心配されていました(涙)。仙波さんの方は、「うーん、○○市の△△のしわざじゃないかな」と独り言を・・・
わたしは驚いて、「えっ、どうしてそんなことがわかるんですか?まだ駅にも着いてないのに」と聞くと、「うん、前々からそういうことを言うとった怪しい人がおるんよ」と、確信を持たれた感じでした。

わたしは仙波さんの警察官としての優秀さは知らないわけではありませんでしたが、「いくらなんでもまさか」と半信半疑でした。
JR松山駅に着くと、ものすごい警察官の数です。松山駅なんか田舎の駅ですから、夜は人通りなんかないんですよ。警察官の人口密度の方が多くて、頭数は揃ってるんですけど、手掛かりも全然つかめてなくてただ右往左往しているだけなんです。

私たちがタクシー乗り場の方に行くと、駅前で客待ちしているタクシーの運ちゃんが3人ほどやってきて「仙波さん、駅前広場の向かい側に△△の車が2時間くらい置いてあるんよ」と口々に教えてくれました。
私はただただ口を開けて驚いていましたが、仙波さんは「そうですか、やっぱり!」と、きびきびと状況を駅前交番に報せに行きました。わたしはそのまま特急に乗って別の町に行ったのですが、犯人は仙波さんの見立て通りで、事件は解決したそうです。

すごいと思いませんか? まさに目の前で「できる警察官とは何か」をまざまざと見せてもらいましたよ。仙波さんが現場に行くまでの2時間、愛媛県警は何もできなかった。仙波さんが到着するやいなや事件は解決に向かって動き出したんです。
テレビでも描かれていた通り、松山駅周辺のみなさんは仙波さんをとても慕っていました。わたしも駅に勤めているおばちゃんを2人、東さんのお墓まで連れて行って道々お話を伺いましたが、ある種の絆すら感じさせましたね。
でもそうした地域と警察との関係の連鎖が、犯罪者を捕まえ、犯罪を減らすために必要なものなんです。「ドキュメンタリ宣言」でやっていた駅の売店のおばちゃんたちの涙は、一側面でしかないんです(そこまでのツッコミがテレビには欲しかった!)

アメリカでは、コミュニティポリシングというそうです。
「コミュニティが抱える問題点を特定し、解決するために警察とコミュニティが共同活動(Collaboration)を展開すること」らしい。
細かいことは以下のサイトをご覧ください。
http://www.clair.or.jp/j/forum/c_report/cr_gaiyo303.html
要するにアメリカでは、パトカーで効率的に警邏するより、歩いて警邏した方が犯罪が減ったということです。「ウエストサイド物語」に出てくるクラプキ巡査みたいですよね。

警察は、どれだけ市民に近くあって、市民の方を見て仕事をするかで、機能を果たせるかどうかが決まるのだと思います。警察と市民の間に絆があれば、情報は警察にもたらされます。それがないと犯人なんか捕まらないですよ。検挙率が落ちているのはこのためでしょう。
過去のアメリカが落ちた陥穽と一緒です。アメリカの警察は「これではいかん」ということで、市民に一歩近づいたんです。
でもいまの日本の警察官は、警察庁と上司、つまり組織の内部しか見ていないように思います。しかも内部論理に従って裏金をつくり続け、その疑惑を平気でもみ消そうとしている。国民から離れていく一方です。

コミュニティポリシングの発想のスタートは、
1979年に「問題解決中心型警察活動(Problem-Oriented Policing)の概念が開発され、警察はこれまでの犯罪取締り中心型から地域に目を向け問題の根本から解決する方法を見いだしはじめた。
と書いてあります。「割れ窓理論」に近い考え方かも。
これって、自分の仕事と、仕事の対象である市民を正面から見ることから出てくる「発想の転換」ではないでしょうか。日本でも「研究はしている」と言うでしょうが、それを実際の現場の隅々に行き渡らせるためには、警察組織の抜本的な改革が必要なはずです。

でも、仙波さんにはごく自然にそれができていた。だからこそ優秀な警察官なんだと思います。
でもって、彼を完全否定できる愛媛県警は、カケラも彼の考え方や仕事に対する姿勢を理解できてないんですけどね(怒)。

 拳銃紛失事件

松山市内にある映画館なども併設された大規模なスーパーマーケットで、警察官が拳銃を紛失しました。
すぐに大騒ぎになりましたが、仙波さんはその時あわてず騒がず、「こういう場合はだいたい、落とし物としてスーパーの受付に届けられているはずなので、素直に窓口に行って聞いてみるのがよい」と意見具申したそうです。豊富な経験に基づいた、きわめて常識的な判断だと思います。

ところが警察の幹部は、なぜか仙波さんの話は軽視するんですね。
素直さがないというか、へそ曲がりというか。
千人体制で、スーパーマーケットの周囲を大捜索したそうです。しかしいつまでたっても拳銃は見つかりません。
2700人しかいない愛媛県警のうちの1000人が、一晩中かかってスーパーマーケットの周囲を荒らして「夜の大捜査線」なわけです。

しかし結局、この警官がトイレに他の荷物と一緒に置き忘れた拳銃は、単なる忘れ物として受付に届られており、翌日、大捜索に疲れ切った警察官が受付に行って訊ねたら、「こちらでしょうか」とあっさり出してくれたそうです(拳銃は他の荷物に入っていたので、店側はただの忘れものだと思っていた)。
最初から仙波さんの言うことを聞いて、受付に行っていれば、1000人の警察官が無駄なことをせずにすんだのに、まったくばかげたことだと思います。

まったくムダなことを、自分たちの権威を守り意地を張るためだけにやる空しさと滑稽さ・・・。

 ヤクザと警察

警察が暴力団関係者を取り締まるかどうかですが、むしろ暴力団関係者が違法なことをしていても取締を避ける傾向にあるというのは、周知のこととなっています。
ところが仙波さんはまるっきり逆で、ヤクザもぜんぜん容赦しませんでした。

すでに通信指令室に報復人事で移動させられ、裁判を起こしていたころの話ですが、仙波さんが非番の夜、松山市内の中心部の大通りを車で走行していると、目の前を2台の車に乗ったヤクザが車線を跨いでジグザグ走行していたのだそうです。
「これは悪質だ」と判断した仙波さんは追いかけたのですが赤信号に捕まってしまい、信号無視した連中を見失ってしまいました。しかしすぐに、松山地裁の駐車場に入り込んだ二台の車を見つけたので、仙波さんは運転していたヤクザたちを問い詰めに行きました。

やり合っていると、ヤクザのうちの親分格のヤクザが仙波さんの顔を見て思い出したらしく、「ひょっとして、仙波さんじゃないでしょうか?」と聞いてきました。仙波さんが、「そうだ」と答えると、ヤクザの親分は手下どもに、「バカヤロウ。この人はひとりで警察と闘っている偉い人なんだぞ。お前ら失礼をおわびしろ」と逆に手下をしかりはじめました。それで裁判所の駐車場で、ヤクザ四人が仙波さんに土下座をするという訳のわからないことになってしまい、仙波さんもそこまで謝られたら仕方ないかと追及をあきらめざるを得なかったのだそうです。

ところが間が悪いことに、その様子を残業していた裁判所の書記官が、「誰か駐車場でけんかをしている」と思って目撃していたのだそうです。
後になってその書記官が、「仙波さん、この前の夜、裁判所の駐車場で何かあったんですか?」と尋ねたので、仙波さんはごまかすのに苦労したそうです。

それだけならちょっとした笑い話なのですが、ではなぜヤクザの親分が、暗い夜の駐車場で仙波さんに気がついたのでしょうか。それはとりもなおさず、ヤクザにとってみれば自分たちに食いついてうるさいことを言ってくるような警察官など、めったにないということの裏返しなのです。しかも非番で私服を着ている人間が、「自分は警察官だ」と言ってとがめだてをしてくるというのは、彼らからしてみると異常としか言いようがないことだったのだと思います。

愛媛県警において、そのような異常なことがあるとするならば、数は限られています。多少頭が働く人間であれば、それが仙波さんに結びつくまでに、あまり時間はかからないでしょう。
まあそういうことなのだと思います。
これは、ひったくり担当者がひったくりをして高校生に取り押さえられるほど立派な愛媛県警だけでなく、全国の警察に共通の傾向だと言えるのではないでしょうか。

 どちらかがウソをついてる

もう全部わかっちゃってるんです。
役所というのは基本的にオープンな組織なので、権力監視の高い問題意識を持って、事実情報をつなぎ合わせ真実をきちんと明らかにし、世論形成しきれていない政治家とマスコミの責任もあるのですが。
例えば裏金については、警察庁長官や本部長の定例会見の度に、「裏金はホントにないのか?」「昔からなかったのか?」「裏金の証拠が出てきたら責任取るのか?」と訊かないとダメでしょう。
どっかの記者なんか大臣就任会見の度に「靖国に参拝するのか?」と訊いてるじゃないですか。アレと同じですよ。

メディアが国民に替わって権力側に話を聞くというのは、裏金疑惑は、世間の大多数の人たちにとってはあくまで「疑惑」ですから、「そんなものは風評である」と警察庁や都道府県警側に弁疏の機会を与えるということでもあります。どちらかがウソをついてるんですから。

「報道発ドキュメンタリ宣言」の最後にテレ朝が愛媛県警から裏金についての文書回答を得ていますが、あれはわたしが仙波さんに「やるようにテレ朝に伝えて欲しい」と頼んだものです。
ただし、わたしが意図したものとは違うことをやっています。
わたしは「警察庁長官に、裏金問題についての白黒をつけるインタビューを申し込んで欲しい。そしたら文書回答くらいよこすだろう」と頼んだんです。
警察にも当然、反論の機会は与えるべきですからね。

でもなぜか、愛媛県警の話になっていました・・・(泣
「警察庁に申し込んだら、愛媛県警に訊くように言われた」というのなら、それを報道するべきなのですが・・・
まあでも言質は取ったので、今後もし愛媛県警で裏金が存在するという証拠・証言が出てきたら、タダではすまなくなったわけです。これが大切なことです。

官僚というのは「塀の中に落ちさえしなければいい」くらいに思っている連中なので、捕まりさえしなければ平気とばかりに悪事に手を染めているし、厚顔無恥に県警本部長やら警務部長やらをやっています。まじめくさった顔をして偉そうに、何を茶番を演じているんだか。

わたしが彼らに聞きたいのは、「へえー、そうかい。じゃ、あんたまともに仙波さんの顔を見て話ができるのかい? 自分がやってきたこと、部下やノンキャリにやらせたことを考えて、恥ずかしくないのかい?
あんたが雪見酒をしているカネは、いったいどこから出て来たんだい? 地面を掘ったらカネが出てくる訳じゃないんだぜ」ということなんですけどね。

警察庁は一応、外務、経産、財務と並んで、一流官庁なんです。ものすごいおごり高ぶりが、彼らをブラインドにしていると思います。

東さんは、「必ず警察の権威が地に落ちる日が来る」と確信していらっしゃいました。
そりゃそうでしょうねえ、年間400億円という史上最大前代未聞空前絶後・世界史に残りそうなほどの組織的横領を長年続けてきて、「ちょっと原田さんや仙波さんのせいで世間が騒いでやばそうになったので、これまでの悪事はなかったことにして、もうちょっとこっそり続けよう」というのは、どう見ても無理でんがな。ルパンも石川五右衛門もびっくりの大泥棒ですよ。そんな国民をバカにした話が通るはずがない。
陸自の一師団には6000人いますが、裏金は600万ですよ。警察なら100人の警察署で1200万。現在では1/2になっていたとしても自衛隊の60倍。だからといって、自衛隊の師団が崩壊したという話は聞いたことがありません。ホントに裏金は組織のためにどうしても必要なものなんでしょうかね??
「だったら警察の裏金を削って、師団長の裏金にもっと回してやれよ」といった錯誤的なことまで考えちゃいます。そのくらい警察の裏金は異常なところまで行っちゃってるんです。

これを許している警察の狂った組織風土、その中ではどんなことが起きていてもおかしくありません。徹底的にメスを入れなければ、警察機能がマヒして社会全体に影響する恐れがあると思います。そんなに日本て平和ですかね。すぐ隣に、都市テロ攻撃を喜んで仕掛けてきそうな国がいくつもあって、工作員がうようよしているのに。

東さんの予告通り、いつの日か必ずや、中央集権の警察システムは、打ち倒される日が来ると思いますね。社保庁のように解体され、警察機能はそれぞれの地域に帰っていくことになるでしょう。
官僚は利己心と「空気」に従って動いていて、「原理原則」を考える習慣がないんです。考えるだけムダですから。でもそれだと空気に従って、どんどん仕事が曲がって行ってしまいます。その結末が、今日の警察の醜態です。
もし今のままで生き残りたいのであれば、警察庁は一体何のためにあるのか、都道府県警の仕事とは、警察官の職務とは何なのか、設置法に書いてない部分も含めて自問自答して、自力で脱皮しろと言いたいですね。
「原点に返れ」 まさに仙波さんのおっしゃるとおりですよ。

でも警察は自己変革の能力を持っていないから、裏金も縮小こそしたものの、本質は変えることができず放置状態で、ある意味外部勢力によって解体されるのを待ち望んでいるようにすら見えるのですが。

 接着剤事件

拳銃については、こんなバカな話もありました。「週刊朝日」に一部載った話なので、ご存じの方も多いかとは思います。

東さんが亡くなって、さすがの快活な仙波さんも限りなく落ち込み、初めて心療内科にかかることになりました。心療内科の女医先生は、仙波さんに「2週間休職すること」との診断書を書き、仙波さんは仕事を2週間休むことになりました。
2週間後、仙波さんが地域課に出勤してみると、みんなソワソワして様子がおかしいんだそうです。上司は、仙波さんに「もう1週間くらい休んだらどうだ」とひつこく奨めてきます。
仙波さんは、「いやもう大丈夫です。みんなにこれ以上迷惑をかけるわけにはいけんから」というのですが、上司は「休め休め」としか言いません。仙波さんも困って、「そうしたら、心療内科の先生に電話して、私が勤務できない状態かどうか聞いてみてください」と上司に言ったのだそうです。
そうするとすぐに上司は、目の前の電話で診療科の女医先生に電話して、「仙波さんはまだ勤務できる精神状態ではないでしょう。もう少し休んだ方がいいのではないでしょうかね。仙波さんに拳銃を持たせるのはまだ適当ではないでしょう」とうるさく言い始めました(ホントはもう少し姑息な手を使ったのですが、あまりにバカバカしいので武士の情けで省略)。
あまりに上司がうるさく言うので、女医先生が怒ってしまって、「いえ、仙波さんはもう完全に普通の精神状態に戻っていますよ。だから拳銃を持ってもらっても大丈夫です。もし何でしたら、私が、"仙波さんは拳銃を持っても大丈夫だ"という診断書を書きましょうか」答えたのだそうです。
そんな前代未聞の診断書、見たことないですよね。
手さすがの上司もあきらめて、「わかりました」と引き下がったらしい。

それで仙波さんが拳銃保管庫に拳銃を取りに行こうとすると、課長以下何人かの人間がゾロゾロついてくるのだそうです。
勘の良い仙波さんは、この時点で「ははあ、何かあるな」と気がつきました。
そして普段であれば、保管庫から出してすぐホルダーのまま身につける拳銃を取りだそうとしました。
しかし、いくら力を入れても、ホルダーのホックが開きません。なんと、瞬間接着剤でホックが止められているのです!

仙波さんはその場にいた力の強そうな後輩に、「このホルダーをあけてみろ」と渡したのですが、どうやってもホックは開けません。
その場についてきた上司たちは困惑した表情を浮かべるばかりです。
仙波さんは、東さんを失った心の傷もあってか、その場でこれ以上追及するのはあきらめて、新しいホルダーに拳銃を入れさせて、それを所持して勤務についたのだそうです。

しかしやはり使い慣れたホルダーがよいので、「あのホルダーを返してほしい」と上司に申し入れたら、ホックの部分はピカピカに磨かれたのか、もしくは新しいものに取り変えられて、前のホルダーが戻ってきたということです。

はてさて、このドタバタ騒ぎは一体何なのか。
厳重に保管庫に管理されているはずの警察官の拳銃ホルダーを、警察内部の人間が瞬間接着剤で止めるという愚行には、多くの地域課の幹部がかかわっているはずです。
では一体なぜこんなバカなことをすることになったのか。どういう思考過程をとれば、「よしっ、仙波さんの拳銃ホルダーを接着剤で止めてしまおう」という結論に至るのか。その話の筋道には、想像を絶するものがあります。
なぜそんなことをしなければならないのか? その動機すら一般人である私たちにはまったく見えません。手がかりすらありませんねえ。
しかし愛媛県警地域課の幹部は、その常人にはとても想像できないパスを通って、勤務に就く警察官の拳銃ホルダーを瞬間接着剤で接着し、「何か拳銃を使用しなければならないような危険なことがその警察官の身に起こったときに、市民や警察官本人を危険にさらしても致し方ない」という理解しがたい判断に判断に至ったもようです。

彼らは、まず仙波さんの休職を長引かせ、接着したホルダーを黙って渡してしまえば、仙波さんは気づくことなく使用できない拳銃を携帯して勤務につくであろうと計算したようですが、その目論見は、拳銃を手渡す前にもろくも崩れ去ってしまいました。
・・・三歳児にも分かりそうなことだと思いますが。

このような目的や意図のわからない愚行のために、多数の警察官の時間が割かれ、県民の血税が無駄にされているというのは、論評するにもあたらないほどむなしい話だと思います。
本来であれば、このようなことに加担した幹部は、厳しい処分を受けるに値するのではないでしょうか。
あまりにばかばかしい話なのですが、警察の体質を示す話として、ここに記録しておきたいと思います。



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