仙波敏郎愛媛県警巡査部長に聞く「警察裏金告発の行方」

仙波敏郎 愛媛県警巡査部長に聞く「裏金告発の行方」

警察組織のココがおかしい


岡本呻也


■警察は国民からの受託者責任を果たしていない

警察組織のココがおかしい 根本的な問題は、国民(議会)は警察活動のために警察に税金を渡しているのに、警察幹部はそれを私しているということです。警察は、「国政は、国民の厳粛な信託によるもの(憲法)」とされる受託者責任を果たしていない。忠実義務違反であり、背任であり詐欺横領です。
 税金を洗濯してプールした裏金は、幹部がその使い方を自由に決められます。警官の慰励のため飲み会の費用を出したり、現場にヤミ手当=口止め料を払ったり、小遣いとして与えたり、他の部署や役所との付き合いのための交際費にしたり(ゴルフや飲み会の分担金、出張者の慰労経費、手土産代)、そして一番大きいのは転勤する幹部クラスへの餞別です。これらの交際経費は、予算の使途を逸脱しているばかりでなく、組織全体に「貸し借り」関係をはべらせ、合理的なガバナンスを歪めていることに大きな問題があります。

 しかもそのために組織的に大がかりな文書偽造を行っている。旅費、諸手当、捜査費、捜査用報償費、物品費、ありとあらゆる機会を捉えて予算の15-20%程度は裏金にしてネコババしていると推量されます。いちばんはなはだしいケースは偽札を届けてくれた人に対する謝礼金で、これも捏造して裏金になっています。書類上は届けられた偽札は証拠にしたり検察に届けたことになっているので、なんと警察自身が通貨偽造を行っていることになっているわけです。
  こうした組織的横領のために会計検査・内部監査をすり抜けようと、莫大な時間と人員とカネを空費している。どんなに現場のモラールが下がり、検挙率が下がろうと、根本問題である裏金づくりシステムは温存している。
 さらには、「捜査上の秘密」を楯に閉鎖系をつくり、ばれたときに責任を問われるのは末端で、幹部は責任を問われることがないシステムを作り上げ、多年にわたって運用している。ほとんどの国民は警察を盲信し、政治家は選挙違反の摘発が怖くて警察に手を出せないから追及の手が伸びない。監督機関である公安委員会の委員を推薦するのは警察自身です。告発があっても、検察も警察と本気で対立したくないので動かない。マスコミはネタ元の警察を怒らせたくない。テレビにとっては警察全面協力「警察ドキュメント24時」は高視聴率番組です。

 そんなこんなで誰も怖くない警察官僚はあまりにも長い間国民を騙し続けていて(内務省機密費以来の伝統です)、「自分たちが税金をネコババするのは正統な権利である」とすら思い込むほど、感覚が麻痺している、だから裏金づくりという犯罪がばれても他人事のような、厚顔無恥な対応ができるわけです。
 でもやってることは、税金の目的外の流用=横領、犯罪です。国民を裏切っている。恥を知るべきです。

■数百万の餞別を平気でもらう異常感覚

 警察組織は、「新日本人論」で指摘したようなピラミッド組織の欠陥をあらかた具備しています。
 建前は自治体警察で、予算執行責任も知事が持っていますがこれはたんなるお飾りで、人事権=実権は警察庁長官官房にあります。地方警察の本部長以下、警視正以上の主要幹部は警察庁から派遣されるキャリア官僚(地方警務官=国家公務員)であり、自動的に人事権は警察庁にあるわけです。
 また国の警察予算は警察予算全体の6%に過ぎませんが、警備公安や捜査費など重要なところにつけているため、配分をエサにして県警をコントロールできます。都道府県警が箸の上げ下ろしまで警察庁に指示されていることから見ても、事実上の国家警察であると言え、上意下達が徹底しています。
 花形ポストである刑事部長に、2、3年で転勤するキャリアが座っていることは、刑事部長が地元を知らないという不合理に加え、警官たちの著しい士気の低下をもたらしています。捜査本部のトップがキャリアであるというのも全く無意味です(警視庁刑事部捜査一課長はノンキャリ推薦組であるように、捜査一課長はノンキャリになっている)。
 都道府県警察は警察キャリアの操り人形であり、当事者能力を失っていることは一連の裏金事件対応でマヌケさを露呈していることから明白です。これも裏金システムを温存するためなのではないかと危惧します。

 裏金作りの指示は警察庁が下して(おそらく言質を取られるような具体的な形ではなく、キャリアが都道府県警の人事権を持っていますから昇任をエサにした阿吽の呼吸で)、税金を裏金としてノンキャリに上納させて、異動の際にキャリアは餞別として数百万円あさって行くくせに、問題が発覚すると警察庁は「これは都道府県警で対処すべきこと。調査を待ちたい」とまるで他人事です。実権を持つ者が一番おいしい思いをして、しかも本人たちは何があっても一切責任を問われないという、洗練された悪のシステムなのです。
 交際費を部下から手渡されて「これではやっていけない」と露骨に文句を言うキャリアもいるくらいで、「越後屋、そちもなかなかのワルよのう」の世界が21世紀に現存するということですよ。しかも弥七であるはずの警察が悪代官やってるんですから、こんな暗黒社会はありません。
 警察組織の持つこの閉鎖的、恣意的、独善的体質から、旧日本軍が「統帥権≒捜査上の秘密」を楯に中央の統制から脱して、中国で戦線を拡大していった図式、60年経っても未だに特定アジアの国々に揚げ足を取られる大陸での暴虐蛮行、内地での権力を笠に着ての横暴はそんなに遠くないでしょう。きわめて危険なことであると言わざるをえません。

 問題の根源は、どうやらキャリア制度にありそうです。国家公務員試験を通ったごく一部のキャリアだけが、全国の警察を支配し、吸い上げた裏金の多くを費消するシステム。上意下達は絶対ルールで、「裏金を捜査費に回せば検挙率が上がる」などと意見具申などしたら飛ばされて退職に追い込まれてしまいます(北海道の事例)。
 大企業ならマネジメント能力を発揮している経営者に相応の分配をするのは当然かもしれませんが(日本の会社では珍しいですが)、マネジメント能力の乏しい警察キャリアが、署長や部長をやって転勤するたびに、税金から横領した数百万円の餞別を平気でもらうという感覚は狂ってます。
 実際に働いているのは点数主義にあえぐ現場の警官。ノルマは冤罪や不正の温床になっています。追いつめられて自殺する警官も少なくありません。裏金をつくらされているのは現場の警官。手当を銀行振込にしても、個人名義の通帳を上司が預かって、会計担当者が勝手に降ろしてピンハネされてしまいます(京都府警で発覚)。彼らは自腹を切って頑張って成果を上げれば、予算は付くがそれは裏金に回って幹部の懐を潤すだけで、ノルマがさらに上がるので現場の警官はさらに苦しい思いをする。鵜飼いの鵜よりもひどいですよ。
 つまりキャリアから見ると現場のノンキャリの警官は発言権のない搾取対象の労働者。まるっきりの奴隷です。これで組織規律が保たれて警察組織の能力が低下しない方がどうかしてます。ノンキャリだって馬鹿じゃないんですから。

■警察は組織防衛のために平気でウソをつく

 汚いことは現場にやらせて、問題が起きたら、トカゲの尻尾切り。証拠の文書は全国の警察の部署の3/4にあたる326部署で一斉に紛失=証拠隠滅。警察庁は、「裏金問題は都道府県警のごく一部でたまたま起こったことで、全国ではそんなことはあり得ない」と、ノンキャリの首を切って自分はしらを切り通します。その指示は、警察庁が出しているはずなのですが・・・。
 裏金問題についての議会やメディアの追及に対して、キャリア官僚の答弁は「不正経理はあったが、問題は一部に止まり、私的流用はなかった」の一点張り。平気でウソをついています。「ウソはデカイほどばれにくい」と言ったのはヒトラーです。この問題に関しては、どんな高位の警察官僚より、仙波巡査部長が言っていることの方が私には信用できますね。

 松橋忠光元警視監は警察庁から愛知県警警備部に出向していたときに、予算を裏金に回しすぎて東京への出張代が出ないので、警備部全員にわたす運営費を月2000-500円減額するという「改正」を、上司の許可を得て実行したと書いています。実に組織的に裏金づくりを実行してきたのは明らかなのです。
 しかし警察は「捜査上の秘密」を楯にとって絶対に情報を全面開示しないので、外部からは不正が全国にわたっていることを立証するのは困難です。だから警察庁は不正の事実を否定し続ければ騒ぎが収まって、最終的には自分たちが勝つことを知っています。

 しかし、このくらい中央統制の組織もないわけで、裏金を全国でつくっていることは確実です。警視庁の警備部ですら、機動隊員に支給されるべき年60万円/人の手当を全額ピンハネして年間12億円つくっていたという証言があります。そうした裏金づくりを立証するもの=それこそ警察庁が一番恐れるものとは、すなわち内部告発です。
 裏金当事者の内部告発があったら、警察は「そいつだけが悪い」と告発を逆手にとって本人の罪を攻撃し、トカゲの尻尾切りをやります。ふつうの企業であれば部下の不祥事は監督権者、ひいては社長の責任なのですが、警察に限ってはこの理屈は存在しません。マフィアのボスがなかなか逮捕されないのと同じ構図です。
 それだけに自分が潔白な仙波さんの証言は、全警察にとって頭の痛いところなのです。

■裏金が表に出ないカラクリ

 警察は内部で不正があったとしても、自分で自分を捜査しません。警務部監察室は、組織防衛のための部署で、問題が発生したら被害を局限するためにしか動かないようです。検察もグルです。これでは刑事告発は取り上げられない。
 「捜査上の秘密」という壁と、トカゲの尻尾切りシステムがうまくできていて、外部からは切り崩せません。だから裏金問題解決の突破口は、内部告発しかありません。
 道警本部長が、全警察署における組織的不正を認めて謝罪するに至ったのは、まず匿名のタレコミ、次に2人のOBの実名告発、さらに県監査委員の頑張りと、現場捜査員の怒りで、監査の時に不正の事実を捜査員が話したからという流れになっています。
 福岡、熊本でもOBの実名告発があり、福岡と静岡では警察が組織的な裏金づくりを認めるところまで行きました。

 逆に高知・京都では、裏金をつくっている証拠が外部に流出したものの、その後に続く証言がなく尻すぼみになってしまいました。愛媛でも、仙波さんに続く勇気ある告発者が出れば、厚顔無恥な警察の態度も多少は変わるのでしょうが、警察官は「組織は必ず報復する」という事実を一番よく知っているだけに、それを求めるのも酷というものです。正しい告発をしても「裏切り者、恩を仇で返した」と非難されるのです。組織文化としてはヤクザとまったく変わりません。
 警察には組合がないので、内部告発者が逃げ込む避難所がないということも問題の一つです。争議権は別にしても、団結権は与えるべきではないか。戦後すぐ、警視庁には下級警察官の協議会があったという話もあります。
 道警では50-300万円/人を国と道に返還しました。裏金をつくっただけで、自分は一銭ももらっていない現場の警察官も50万円取られたわけです。しかし、ほんとうに悪いキャリアの連中は、現場の警官たちの怨嗟の声に耳をふさいで、まだ枕を高くして眠っているのです。

 しかもまた、ばれたときの警察の言い訳が子供っぽい。「裏金なんか昔のこと、今はもうやっていない」に逃げ込みたいらしい。「今、やっていなければ問題ない」という隠蔽工作のために、01年から捜査諸雑費制度(領収書さえあれば名目が必要ない月ごと一括精算方式)という姑息な手を編み出しました。
 現場の捜査員がニセ領収書を書くことはなくなったものの、いまは幹部の間で私費で使ったニセ領収書を集めています。要するに、裏金作りの舞台が、足がつかないように幹部クラスでできる部分に局限されたに過ぎません。旅費なんかは手つかずで裏金になっている可能性が高いでしょう。
 「今はもう、やっていない」という言い訳はききません。過去にやっていたという蓋然性の高い多くの証言がある以上、「裏金が出ないように」どのように組織風土を改善したのか、納得のいく説明がなければ、まだまだ警察は税金を横領し続けているとしか思えないのです。そういう組織なんですから。

■会計上のガバナンスの不在

 警察組織では、カネの流れの面でのガバナンスが利いていない。これは現場の警察官が、カネに対して異様に恬淡であるという性癖に根ざしているようです。「カネと休日のことは言わない」「事件があれば身銭を切ってでも捜査する」というのが現場の当然な認識です。その警官たちの善意に、警察キャリアはつけ込んでいるのです。また仕組みとしてもカネの流れはすべて会計担当事務官に任せるようになっています。
 裏金は確固としたシステムとして存在するものの、ではどのくらいの金額を捻出するかについては、警察官はわからないまま、裏金を仕切っている事務官との間で、なんとなく「阿吽」の呼吸で運用されているようです。何が起こっても、すべて内々に処理されます。
 トップの金遣いが荒いと、部下はなんとか裏金を工面しないといけないのでたいへんです。

 警察官にとって裏金の取り扱いは究極の暗黙知で、引き継ぎというのはありません。所属長が赴任したときに、前任者が気の利いた人だと、机の引き出しに「本部長30万円、参事官20万円、各課長10万円」と、前任者がいくら餞別を贈っていたか書いた紙が入っていて、それをそのまま餞別の金額とするそうです(会計責任者の事務官には裏金の取扱マニュアルが受け継がれるらしい=警視庁の警察署のケース)。
 それ以外はすべて所属長の差配で、後で非難されないように気をつかって取り扱う必要があります。ひょっとしたら、忠臣蔵の吉良上野介みたいな肝煎りがいて、みんなどうしたらよいのか聞きに行っているのでしょうか。こんなことが愚直に半世紀以上も続いているのはどう見ても異常です。
 本部長や署長といった組織のトップは、裏金だけでなく、予算についての書類を見たり、決裁するということはありません。これは一般の企業では考えられないことです。まさに究極のお神輿経営。予算は本部から年4回(国費は2回)通達されます。地域の実情など関係なし。どこが自治体警察なんだか。警察の施策は予算に関係なく打ち出されるというのもおかしなことです。
 トップには正式な交際費予算がありますが、そんなものは関知しません。つかえない項目が多く面倒だから、つかうのはもっぱら裏金です。

 実際に裏金づくりにあたるのは副署長や次席、管理官といったナンバー2のポストで、金庫番として裏金を取り仕切ります。  本部のように旅費以外の裏金が捻出できないところでは、会計課が全体の予算から、配分時に25%カットして上納させる(福岡の場合「基本経費」という名目)、あるいは愛媛県警では本部会計課担当者が年初に警察署長に「今年は旅費をいくらつけるから、カラ出張してそのうちいくら本部にキックバックしろ」と強要していたりしましたが、トップはこうした操作をあずかり知らず、人伝えに聞く程度のことなのだそうです。
 ということは、ナンバー2が好き勝手に予算をいじる権限を持っていることになりますが、どれだけトップを喜ばせるかによって出世が決まる=署長になれれば餞別がもらえる! という仕組みが弱々しい牽制になっているようです。
 こんないい加減な会計制度は他にないでしょう。

■現場に予算は流れない

 警察の現場は裏金作りに追われて、仕事をする時間が削られています。
 道新の推計では、14億円/3年の裏金をつくるために、北海道だけで40万枚の会計文書が必要で、毎月交付される捜査費に合わせて「設定書」をつくり、捜査員の「支出伺」と「精算書」、それに現金を受け取ったとされる架空の協力者の偽領収書を偽造します。このため各会計担当者は数百本の印鑑を用意している。愛媛県警の大洲署で暴露されたのは、警察側が勝手に偽造していた実在の飲食店の領収書と判子でした。
 各警察署では、都道府県からの監査にばれないようにするために、署長/課長、帳簿担当者は、県警の内部監察の指導を受けて監査の予行演習を行います。裏金の支出先を明確にしておくための厳格な裏帳簿も必要で、これは所属長の決裁を受けます。道警の1万1000人の警察官・職員を総動員しても、裏金作りとその辻褄を合わせるにはたいへんな手間がかかります。警官は、幹部の遊興費を捻出するために、こんなバカなことをやらされているのです。すべてでっち上げです。

 しかも現場で必要な捜査費が裏金に回されているため、ほんとうに必要な金が出ません。交番ではメモ帳にも困っている。冬場寒いので「サッシにしてほしい」と頼んだら、会計担当者が「そちらの交番は去年すでにサッシになっている」と・・・つまり物品費が裏金になってしまっているのです。捜査に必須の携帯電話は自腹。出張しても旅費がまともにもらえない(打ち切り旅費)ので仕事にならない。日当や時間外手当までもピンハネされています。実際に捜査協力者に捜査用報償費を払ったら、せっかく会計担当者が裏金づくりのためにつくった架空の設定がおじゃんになるので、所長に大目玉を食ったという話もあります。
 多くの会計や庶務担当者は「毎日、裏金をどうつくるかで頭が一杯だった」と証言しています。
 現場にパソコンがないにもかかわらず、会計書式がパソコン対応に変更されたため、みんな自腹でパソコンを購入し、これらが次々とWINNYのウィルスに感染して、捜査情報がだだ漏れになったわけで、もはや何をやっているのかわからない状況です。

 現場が黙って領収書を偽造し、身銭を切って堪え忍びつつ過酷な捜査や警備活動を続けている間、幹部は料亭や夜の街で飲み食いしています。これを知らないのは市民ばかりで、警官はみんな知っています。それでやる気の失せない警官がいたら、その人は聖人君子です。バチカンに聖人として推挙すべきです。
 にもかかわらず、警察庁や県警幹部は「裏金など存在しない。どこの星の話だ」という姿勢を微動だにさせていません。ここまで病んだシステムは珍しい。現在のヨーロッパ社会の礎を築いたユリウス・カエサルは、ガリア転戦中、好んで前線の兵士と同じものを食べ、同じ生活をしたと伝えられています。それがまともなリーダーの姿です。
 こんなことでどうやって治安を守れるのか、警察の裏金問題は、社会的に見ても看過できない大問題なのです。

■正義が通らなくてなんの警察か

 もっとも腹立たしいのは、正しいことが通らないこと。
 仙波さんが言っている「裏金づくりをやめて現場に金を回してほしい」というのは、まったく公明正大で、誰がどこからどう見ても正しい主張です。というか、「現状がおかしくなっているので、そもそも制度設計者が想定している正しい形に戻しましょうよ」というだけの話です。
 そのために仙波さんは35年間苦汁を舐め続けています。どう見ても正しい仙波さんの主張を私益のために黙殺して、優秀な人的資源を活用していない愛媛県警は、県民の目から見れば悪でしかありません。
 本来、警察の使命と動機は「国民の生命・財産・身体を守る」「正義、困窮者への同情と愛、平和への強靱な行動意欲=憲法の理念」(松橋元警視監の表現)であるはずなのに、「国民をして官僚に奉仕せしめんとする旧内務官僚の傲慢」(同上)が幅を利かせている。都道府県警は警察庁の卑の地位を甘受し、市民でなく本庁を向いて仕事をしている。仙波さんを排斥することで、罪の意識から目をそらしている。仙波さんと警察のどちらが正しいかは、較べるまでもなく自明です。

 わたしにはよくわかります。仙波さんを含めて元警察官で告発している人たちに共通しているのは、仕事に対する真摯な姿勢です。市民と犯罪に向き合おうとするプロの生き様です。
 対して彼らの前に立ち塞がっている警察官僚や都道府県警幹部に共通する姿勢は、保身以前に、仕事に対する不真面目さ、仕事への不理解、向上心と顧客志向のなさ、仕事の自己目的化です。なぜそうなってしまうのか。それは多くの場合、仕事ができないから。あるいは仕事に対する自信がないから、「実力でなく衆を頼んで身を守ろう」「裏金をうまく使って組織内での自分の地位を高めよう」という考えに陥るのでしょう。人が暗黒面に陥るのは、自分の弱さの裏返しです。実際は優秀な人間でも、戦略的に最初から悪の道に身を投じる者もいます。
 そういう人間にとって、職務にのみ忠実で顧客を向いて仕事をする仙波さんのような人間は、目障りでしかありません。だから談合して自分たちにとっての脅威を排除しようとするのです。
 その反面、それは人間に対する尊敬の気持ちがないからできることです。人間の可能性は無限であり、変えられないことなど何もないのです。にもかかわらず彼らが持っているのは「世の中を渡っていくには、汚濁にまみれるしかない。仕事はあくまで身過ぎ世過ぎ、長いモノには巻かれろ。現状維持で何が悪い」という、汚れてしまった人間のあきらめ、負け犬根性と共犯意識=彼らが持っているのは負の連帯感です。
 判断基準がすべて私益の確保に結びついて、歪んでしまっている。「組織の中でいかによい地位を保つか」「上司に気に入られてのし上がるか」だけ考えている。こんなのはプロとは言えません。果たしてそれで、自分に恥ずかしくないのでしょうか?

 働いている人は、いろんな考えを持っています。よかれと思ってやったことが失敗することもあります。でも、顧客の方向を見ている限りは、顧客からの受託者責任を果たそうとしていると思います。顧客のほうを見ない仕事は、すべて「悪」です。ドラッカーの言う通り、企業の目的は、企業の中にはありません。行政組織もまたしかり。
 つまり、人間はなんのために仕事をするのか=その答えは「相手のため」なのです。相手を通して世の中全体に働きかける、人はそのように仕事を通して社会的存在たり得ます。それが仕事の持つ本当の意味なのです。

 正義が通らなくて警察と言えるか。自らの内腑に染みついた不正を見逃すのであれば、すべての警察業務は空しい。
 警察が警察たることを取り戻すためには、まず警察庁と愛媛県警が仙波さんに頭を下げるべきでしょう。「まちがっているのはあなたでなく、われわれであった。あなたに辛い思いをさせて悪かった」と仙波さんに謝るべきです。
 なぜ謝罪が必要か。それは役人どもの意識を変えるためです。警察キャリアは「裏金搾取は自分たちの正統な権利だ」と考えている。それを「裏金づくりはすべて犯罪である」という認識に入れ替えるためには、衷心からの謝罪が必要なはずです。
 そのように身をただしてから、敢然と内部改革に取り組み、旧内務省以来の裏金という宿痾を一掃することを、生まれ変わった警察のスタート地点とするべきなのではないでしょうか。また、警察にそれができないのであれば、議会や他の官庁が主導して、未来の日本のために、警察組織の改革と警察の機能回復を断行するべきだと思いますね。

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