仙波敏郎愛媛県警巡査部長に聞く「警察裏金告発の行方」

仙波敏郎 愛媛県警巡査部長に聞く「裏金告発の行方」

仙波敏郎 愛媛県警巡査部長に聞く「裏金告発の行方」 仙波敏郎氏と故・東玲治氏

まったく信じがたいことですが、全国の警察では組織をあげて税金を横領しています。その金額は年間100億円規模とも考えられます。これが放置されてきたのは、27万人の警察官の多くが、実際に領収書を偽造して巨額の裏金をつくっているにもかかわらず、全員が口をつぐんできたからです。なんと大多数の警察官は犯罪者なのです。
愛媛県警の仙波敏郎巡査部長は、現職警察官としてただひとり、警察内部で行われている領収書偽造によるウラ金づくりを告発しました。彼は公務員の告発義務に従っただけです。その結果、優秀な警官でありながら、懲罰的な配転を受けました。これに対して彼は、裏金の実在を証明するために国家賠償訴訟を提訴。平成19年9月に一審で勝訴、組織ぐるみの裏金づくりの事実や、仙波さんの左遷に県警本部長が絡んだことを認定させました。しかし県側は控訴し、20年9月に高松高裁で敗訴。翌10月に最高裁への上告を断念して、仙波さんの勝利が確定しました。とは言え警察庁ならびに全国の警察は、未だに裏金の存在を認めていません。
このような大規模な不正が罷り通る構造はどうなっているのか、警察組織の体質はどうなっているのか、「正義の人」に伺ってみました。仙波敏郎さんを支える会世話人の東玲治氏にもご同席いただきました。

仙波さんを支える会について

 仙波さんを支える会
 〒791-1134 松山市恵原町甲763-1  電話 090-8970-9779

【インタビュー 
仙波敏郎氏に聞く「裏金告発の行方」】


全国でただ一人、35年間巡査部長の男

30年間、不正を訴えても誰も振り向かなかった

大洲署から火を噴いた裏金問題はいったん鎮火

「桜の代紋」を外せば、警官は弱い存在

飲酒運転、違反見逃しは当たり前

御用納めのお楽しみ「つかみ分け」

警察はあらゆる手段で税金を横領している

すべてが裏金に化ける「捜査費」の実態

なぜ「署長になったら家が立つ」のか

オンブズえひめとの邂逅

実態を知った8人の弁護士たちは絶句した

「辞めるときは死ぬときだ」

警官失格のらく印

悲劇的な殺人事件

仙波夫妻は自決を覚悟した

妻は救急車を呼ぶことができなかった

これが大人の「組織的いじめ」だ

「仙波と話した者は、仙波と同罪にするぞ」

得難い友情

「マル特=組織不適合者」

県警は税金で尾行をつけてきた

告発前夜、夜のカーチェイス

「やめたほうがええ。あんた裸にされるで」

僕は、ただ真実を話しただけ

捜査費をつくらなければ出世できない

ウソつきは泥棒の始まり」は正しい

「仕事をやる気がない男」指名手配犯を捕まえる

一番の問題は「正義心」がなくなっていること

警察の能力は低下している

冤罪 シロをクロに持っていく理由

「警察は助けてくれる」という信頼を裏切ってよいのか

「警察官全員が犯罪者」という信じがたい事実

公安委員長も県議会も「同じ穴のムジナ」

監察官も捜査報償費をネコババしてるし

県警は自ら組織的犯罪性を吐露した

県警本部1階でのコメディ

警察は原点である「服務宣誓」に帰れ

正しい警察官の姿とは

子や孫のため、裏金をやめないと大変なことになる

犯罪検挙率が微増しているカラクリ

警察だけに「悔い改めよ」と説いても始まらない

【3分でわかる 仙波敏郎氏の闘いの経緯】

1968年3月
仙波敏郎さん、愛媛県警の警察官となる。警察学校に1番で入校、初任科補修を首席で卒業。

1973年7月
仙波さんは同期の最短で巡査部長昇任試験に合格。その後35年間巡査部長という警察官は他にはいない。

1973年8月
仙波さん、三島警察署赴任。その日に裏金づくりの領収書作成協力を拒否。署長と対立して駐在に飛ばされる。以後、愛媛県内の警察署・駐在を人工衛星のように回され続けることになる。

1979年
昇任試験の面接で、「領収書を偽造しなければ警部補には昇任しない」と言い渡され、仙波さんはその後の昇任をあきらめる。

1995年
松山中央消防署のレンジャー部隊にいた仙波さんの長男が、横暴な消防署長を過剰防衛で刺殺。仙波さんは妻と自殺を決意するが、次男の説得で思いとどまる。長男は裁判で争うが、計画殺人と認定されて12年の刑が確定する。

2001年
仙波さんの妻ががんで早世する。

2004年
1月 大洲署の会計課長が酔っぱらい運転で人身事故を起こし、諭旨免職となる。
5/31 会計課長のリークにより、テレビ愛媛が大洲署で捜査協力者のニセ領収書が使われたことを伝える。
9/17 県警が最終報告書を公表。ニセ領収書を使った捜査協力者への謝礼の支払いは、107件の30万7000円で、会計処理上の問題はあったものの、使途は適正だったとした。ニセ領収書作りのために、飲食店名のゴム印まで用意していたが、誰がそれを作ったのかは不明のまま。また、大洲署以外に不正な事例はない、と強調した。
10/14 テレビ報道を受けて、県の特別監査が始まる。しかし、監査対象文書は黒く塗りつぶされ、聞き取り調査に上司が同席するなどしたため、疑惑隠し、監査妨害の批判が起きる。
11/18 県警の玄関先で偶然、息子の事件の弁護士(大洲署の不正を追及していた)と出会った仙波さんは、「裏金の実名告発」を依頼され、その場で承諾する。

2005年
1月半ば 仙波さんの告発を察知した県警は、仙波さんの尾行を始める。
1/19 翌日の会見を前に、県警は深更まで仙波さんに説得工作を行う。その際、拉致を匂わせる。県警を出た仙波さんを県警は2台の覆面で尾行するが、仙波さんは尾行を巻いてホテルに逃げ込む。
1/20 仙波さんが、「県警において、ニセ領収書やカラ出張で組織的に裏金が作られ、幹部が私腹を肥やしてきた」と、記者会見で衝撃告発。即、県警が仙波さんの拳銃を没収。
1/24 仙波さんに地域課通信指令室への配置換え内示。27日、発令。
2/4 仙波さんの同級生である東玲治氏を中心に「仙波さんを支える会」が発足。東玲治氏はこの後、仙波さんと伴走し、楯となって仙波さんを守り続ける。また70名の仙波弁護団を結成する。
2/10 仙波さんが国家賠償請求訴訟を起こす。
2/23 仙波さんが人事委員会に不服申し立て。この後3年間に渡り、裁判と不服審査が続く。

2006年
3/7 愛媛県警捜査1課勤務の警部の私物パソコンが、暴露ウィルスに感染、大量の捜査資料がネットに流出。捜査協力費の控えが流出する。仙波弁護団が確認してみると、捜査協力を行ったとされている誰も、警察から協力費を受け取っていなかった。警察の裏金づくりの証拠の一端が明らかになった。
6/7 人事委員会が仙波さんの「配転処分取り消し」の裁決。
6/13 仙波さん、鉄道警察隊に復帰。1年4ヶ月ぶりにJRの駅頭に立つ

2007年
9/11 仙波さんの国賠訴訟で、松山地裁が勝訴判決。判決は、仙波さんの異動の不当性、県警の異動への組織的関与、裏金の実在性を認定する。
9/25 県が国賠訴訟判決を不服として、控訴の手続きを取る。

2008年
9/30 国賠訴訟控訴審判決が高松高裁であり、松山地裁で敗訴した県の控訴を棄却、再び100万円の損害賠償金全額の支払いが命じられた
10/6 愛媛県警の廣田耕一本部長は、県議会・警察委員会で国賠訴訟控訴審敗訴判決を受け、「上告断念」を表明、仙波さんの勝訴が確定した。
10/23  東玲治氏が狭心症で他界していたことが確認される。

2009年
3/31  仙波敏郎氏定年退職、しかし退職金額は最低額であった。