政府も株式会社も、そもそもは「信託」の精神によっている

桜内ふみき 氏  


運営者 面白い。「信託」と言われて僕がイメージするのは、大金持ちが死んで、遺言でまだ幼い子供にばく大な遺産を残して、20歳になったら受け取る権利ができるんだけれど、それまでの間誰かに運営をさせるといったパターンなんですけど。

桜内  そうですね、もともとイギリスで発達したのは、戦争に行ってダンナがなくなった未亡人が困るということで、親戚とか知り合いにお金を預けて行ったそうなんですが、その財産を預かった人がいい加減に使い込みをしたケースがあったらしくて、裁判所に訴えても、「契約書には譲渡したと書いてあるじゃないか」といわれて泣き寝入りをすることがあったらしいんです。
 でも「衡平の観点から見てこれはおかしい、この未亡人は助けなければいけないだろう。何も書いていないけれども受託者側に善管注意義務はあるんだ」、といったケースを発見してさばくのが衡平法裁判所だったわけです。

運営者 へええ、そんなものがあったんですか。
 そういや、「スコットランド・ウィドウ」とかいう金融機関があったな。あれなんかそうなのかな。

政府も株式会社も、そもそもは「信託」の精神によっている桜内  どちらかというと、信託法というのは物権法なんです。信託物権というのは、衡平法では、今風に言えば無体財産権のような物権に近いものとして定義されています。委託者兼受益者が信託を設定しても、その物権は委託者兼受益者ないし受託者のところに残るわけです。

運営者 そういう考え方がありますか。物権というのはそのモノに対する所有権で、債権というのは他人に何かを「してください」と求める権利義務関係であるわけで、信託というのは債権に近いような気もしますが、実は違うわけですね。

桜内  それで、これは実は無体財産権としての株式に近いのだと思います。エクイティの語源は、衡平法(equity)に関係があるのではないのかなと思うのですが。株式は一番の劣後債権ですからね。イギリスの場合、損害保険のロイズとかロンドン証券取引所といったものは、本当は株式会社のような法人格を持たないのですが、「信託」の形式による資金拠出によって、法人格を取得したのと同じ効果を生じさせています。
 その信託関係を、国民と政府に当てはめてみたらどうなるでしょうか。もともとはジョン・ロックが言っているのですが、日本国憲法の中にも、そもそも前文の最初の段落に、

 【そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。 これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基くものである。 われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する】
 と書いてあるじゃないですか。

運営者 確かに。「人類普遍の原理」なんだ・・・。

桜内  その信託の精神というのは、アメリカの独立宣言に書いてあるわけです。

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