信託=「委託者兼受益者の利益を害さない」

桜内ふみき 氏  


運営者 それで、話を戻すと、桜内さんはなぜ公会計に興味を持たれて、追求されているんですか。

桜内  それは昔からなのですが、国のガヴァナンス、言い換えれば、国家の意思決定を規律づける仕組みに興味があるんです。特に、ガヴァナンスを考える時には、財務・会計の切り口からも見ておかなければならないなと。それはある意味、コーポレートファイナンスとコーポレートガバナンスとの関係に似ているのではないのかなとも思うんです。
 岡本さんの本の中に、ルネサンスの話で、「神を通じて世の中を見るのではなく、客観的に世の中を見るように人間自身が変わった」という話がありましたね。

運営者 主体として、自分の目でものを見て、自分の頭でものを考える人間になることができたということです。

桜内  国民と政府にも、実はそのような関係が必要だと思うんです。「国民と政府が混然として一体化するのが民主主義」という考え方もあるかもしれませんが、実際には政府としての意思決定が、国民一人ひとりにできるということはないですから。

運営者 政府には、政府の役割というものがあるはずですよね。

信託=「委託者兼受益者の利益を害さない」桜内  ファイナンスとガヴァナンスの一体化する理屈はなんなのかと言うと、公会計の中では「信託」なんです。
 納税者=委託者ないし受益者としての国民と、受託者としての政府があって、その間に信託関係があるわけです。その信託関係というのは、日本の信託法で考えられているものとはまったく違います。

運営者 スイスのプライベートバンクを取材した時に教えてもらったのですが、日本の法体系には、英米法で言うところの「信託」という概念はないんだそうですね。

桜内  「信託」というのは、コモンロー(普通法)の世界では妥当な結論を得られない場面で救済法として機能するエクイティ(衡平法)という法体系の下で設定される特殊な法律関係なんです。
 要するに、「財産を信託した後、こういうことが起こった場合にはこうしましょう」という、財産管理についての取り決めをするのですが、どれだけ細かく契約書に書き込んでも、神ならぬ人間にあらゆる事態を想定した完璧な契約書など書けるわけがない。財産を受託した管理者が勝手に売り払ったりとか、契約に書いてある通りに譲渡の効力を発生させると、衡平の観念に反する場合が生じるのです。それを救済するために作ったのが信託法で、なかなか面白い領域です。
 日本では民法上の「委任関係」をもとに信託法をつくってはいるのですが、これは「契約」に基づいた法律なわけです。しかしイギリスの場合は、信託した後に何が起こるか分からないわけですから、まずは「信託の場合は委託者兼受益者の利益を害さないようにしなさい」というのが基本にあります。取締役の忠実義務、善管注意義務のようなものですよ。それを判例法として発展させたわけです。
 さらにそれをずっと延長して行ったのがコーポレートガバナンスだと考えればいいのだと思います。

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