明確な「白黒」はない。だから最後に多数決がある

中林美恵子氏


 運営者 日本の証人喚問で証人を偽証罪で告発する場合、告発するのは国会議員でも、その後は検察の仕事になっちゃいますよね。それは面白くないなと思うんですよ。

 中林  だから、ケン・スター検察官がやっていたのはその仕事の部分で、議会は彼が率いる独立検察チームに大変なお金を費やしてクリントンの疑惑を追求していたわけです。それくらい「重要な疑惑だ」と、議会のマジョリティーだった共和党は判断したわけですね。
 でも大金が支出されたので、民主党はその部分を攻撃しました。「共和党はこんな巨額の金を使ったのに、出てきたのはモニカ・ルインスキーのようなくだらない話ばかりじゃないか」、と。国民の常識感覚も同様であったようです。クリントンの人気も高かった。それで、次の選挙ではギングリッジ率いる共和党が大きく議席を減らしたわけです。
 議会は何でも「とことん追求しよう」とすればできるんですけれど、それが政治的にうまくいくかどうかは別の問題ですね。

明確な「白黒」はない。だから最後に多数決がある

 運営者 もうひとつは、それだったら検察は信用できるのかということなんですが、大阪高検の三井公安部長がテレビのインタビュー直前に逮捕されたことからわかるように、まったくもって腐敗しているし、まあ信用できませんよね。検事正以上の人間は調査活動費使い放題だったということですし。

 彼らはその時の状況や世論を読んで対応するかどうかを決めますよ。
 そもそも日本人は、さっきのテキサス州出身の上院議員みたいに原理原則や信念で行動するのではなく、状況に応じて行動を変えます。小泉首相が、最近よく新聞記者に質問されたときに、「状況を見て決めます。状況を見て」という返事をしていますが、それはどういう意味かというと、彼は「物事を自分の行動原理原則に基づいて決定しているわけではない」、あるいは「自分の主義主張に基づいて行動していない」と表明しているわけです。そこに突っ込む新聞記者がいないというのは面白いですね。だって外国から見れば、「圧力をかければこいつは動くな」ということになりますから。
 まあ実は、政治家にのみ、そういう日和見的な返事が許されているような気もしますが。「それが政治である」と言ってしまえばおしまいです。だけどそれは楽屋話であって、子供に聞かせる話じゃあない。

 それで検察も全く同じような姿勢で、立件するかどうかを決めていると思います。メディア向けにいくつかアドバルーンを上げてみて、その反応によって態度を決めているでしょう。

 中林  2000年の大統領選挙のときなんかは、最終的には司法府に決定権が持って行かれて、最高裁判所の判事たちがフロリダの投票に関する決定を下しましたね。その判事たちは、政治指名ですから、共和党と民主党にきっちり分かれて投票結果が出ていました。
 そんな例を思い出すと、いくらアメリカの判事だといっても、最後の最後までイデオロギーの影響をこうむらないということはないと思いますよ。ただしプレッシャーに屈するということはありませんが。
 自分のイデオロギーについては、この世の中に「白か黒か」という正義がない限り、最後のよりどころにするのは避けられないことではないでしょうか。

 運営者 白か黒かという正義があったら、世の中ずいぶん簡単でいいでしょうけど。

 中林  白か黒かがないから、結局は民主主義的な多数決によってどっちかに決めていかねばならないのですよね。

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