現代日本の国士に居場所はありや

中林美恵子氏


 運営者 そしてまた、政治をするということは、その「自分が正しいと思っていることを実現する」ということなんですね。日本ではそんなこと考えてる奴はいないと思いますよ。「政策は、国会議員になってから考える」と言って当選する人が実際にいますからね。

 中林  ほんとですか。

 運営者 だって政策はどの政党も似たようなものですから。
 政治家になろうとする人は4文字しか考えてないですよ。「総・理・大・臣」なんです。こんなむなしい生き方があるのだろうかと僕は思うんですが、どうやら彼らにはそれが楽しいらしいんですよ。
 アメリカの大学では政策論を闘わせるサークルがあるそうですが、私が行ってた学校にも「雄弁会」というのがありましてね。政治家になる弁論術を磨くというのが建前ですが、実際はトップになるために派閥を作り、味方を集め数の力の勝利を実感するという、派閥政治の練習を3年間かけてやってますよ。あの学校から総理になった人間は、だいたいここの出身です。大学時代を一貫して、政治の目的は、「総理になることだ」と刷り込まれるわけですよ。
 名誉欲だけなんですね。そりゃそうですよ、実質的なことを考えたら国会議員になったって何もできないわけですから。
 しかも役所を辞めて国会議員になろうとする人は、ますます理解不可能ですね。よほど政治と役人の間で握り合っていて、おいしい思いができる仕組みになっているからだとしか思えない。
 だって自分の信念を実現するためだったら、役所にいる方がよほどチャンスがあるわけですから。まあもちろん、役所に入る人でも、本人が自分の信念を実現したいから公務員試験を受けるんだとは思いませんが。頭がいいから、とりあえず試験があったら受けておこうかということでしょう。

 中林  昔は、自分の信念に基づいて役所に入省したものだと聞きましたが。

 運営者 日本が貧しかったころ、この国をなんとかしたいと考えた人たちのドラマが、霞ヶ関を舞台にしてあったというのも、たしかに事実ではありますね。

 中林  それを可能にする「制度」が当時はあったわけですね。

 運営者 それはその時点からさかのぼること更に一昔前の1930年代、商工省の時代に、革新官僚と呼ばれる一群の若手官僚たちがドイツの経済システムを日本に輸入したんです。それに基づいて日本の産業政策をつくり直したわけです。
 そのシステム自体は戦争が終わっても残ってました。その司令塔たる地位を当時の通産省は握っていた。だからそれができたんです。それをやりたいと思った人は通産省に入ったという時代ですね。
 今は役人になる人の志望動機というのは、やはり生活の安定のためっていうのが多いのではないでしょうか。役所は不況に強い、と。まあもちろん、「自分の信念を実現するために役人になる」というのはまずいんですけどね。

 中林  そういえばそうですね、だって責任の取りようがないわけですから。

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