日本人の社会参加意識では、財政均衡は不可能だ

中林美恵子氏


 運営者 日本のほとんどの有権者が、「オレは全体システムにぶら下がっていて当然だ」と思っているわけですね。国民は、このような社会に対する参加意識を持っている。
 さっきの財政均衡を唱えた人たちのようにね、「自分が正しいと思った方向に世の中全体を引っ張っていくべきである」などということは、この国では考えてはいけないんです。そうではなくて、すでにあるものを、そのままの姿で次の世代に伝えていくというのが正しく美しい生き方なんです。物事を根本的にひっくり返すようなことをやってはならないわけです。

 だから、いま自分がぶら下がっているシステムを変えるということは、ありえないわけです。そうすると、「財政を縮小するということは、自分がぶら下がっている本体を削ることになるわけですから、自分にとってマイナスだ」という発想がまず立つわけです。
 「まず何か新しい価値を自分で作って、それで得た利益の一部を税金として納める、それによってぶら下がる元の部分を拡大していこう」という発想は全然ないんですね。いかにして他人の稼ぎを取ってくるかということしか考えていない。

 もうひとつは、「自分はこれが正しいと思う」という自分自身の価値観もつくっていないから 「社会をあるべき方向に変えよう」とする意志自体がないわけです。「財政を縮小しなければ、将来世代の負担が高くなり、この国の経済に大きなダメージを与えてしまう、これはよくないからなんとかしよう」などとは考えないんです。
 僕は個人的には、上のような考え方をするのがまともではないかと思うのですが、それはこの国においては異常なことなんです(笑)。

 サラリーマンも官僚も、今の現状で、自分たちがぶら下がっていられるシステムがあるのなら、それを変えるということは考えられないわけです。

 中林  そういう考え方は終身雇用制に原因があるんでしょうか。

 運営者 まず、意識の中に終身雇用制=一家意識がこびりついているのは事実ですよ。だから自分でベンチャー企業を起こすなんてことは想像だにしない。
 仕事に対する認識もそうなんですよ、仕事というのは自分が働いて何か付加価値を作るということです。そうでないのは僕は「作業」と呼んでるんですね。ところがほとんどのサラリーマンがやっていることは、作業以外の何物でもないんです。
 こんなしょうもない考え方をしている経営者は、株主がクビすればいいと思うんですが、株主の方が実はそのような発想しかできないわけですから、つじつまが合っているわけですよ。

 この国の「制度」はこの国の「制度」として完結してるから安定状態になってるんです、一応。だから幾ら企業が赤字を出していても、「赤字を減らさなければならない」などとはつい最近まで考える必要がなかったくらいです。持ち合い制度ですから、自社の株主である会社の株価も自社と同じように下がっているわけで、そういう保険をかけていれば、みんな一緒に株価が下がっていくのであれば少なくとも経営責任が問われることはない、というシステムなんですね。

 そういう日本社会から見て、さっきの中林さんの話が驚異的なのは、有権者が「やっぱり財政赤字をたれ流していてはいけないんだ」と考えて、財政を縮小する方向に投票行動が向かったという事実ですね。
 これは多分、今の日本ではできないことですよ。

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