人々の一般的な認識は「制度」の一部分である

中林美恵子氏


 運営者 ところで、これからアメリカの議会の仕組みをうかがうわけですが、僕の頭の中には、議会のシステムの話を聞くための前提があるんです。だって、同じようなシステムは、大統領制と議院内閣制という違いはあるものの、日本にだってあるわけですよ。なぜそれがきちんと機能していないのかというと、使う側に、使うつもりがないからだと思うんです。
 それは国会議員の個人個人の意識の中の問題として、例えば「議員は新しいアイデアを出さなければならないのだ」とか、「国会は行政府や司法と競争しているのだ」とか、「国会はアイデアや戦略に基づいて組織や組織を変えていかなければならないのだ」とか、そういう考え方がないし、やろうとしないからだと思うんです。
 そこでアメリカの議会システムの中で働いている人たちが、どのような意識を持ってその機能を果しているのか、だれの利益のために働いているのか、市民やいろいろなセクターの人達に対してどのようななことを考えながら働いているのかというところが、これから伺わせていただきたい一番大きなポイントなんです。

 ほんとうは、日本だって、変えようと思えばどんなことでも変えられるはずなんです。
 その時に大切なのは、「なぜこの仕組みはこのようにできているのか。その本質はいったいどこにあるのか」。そうしたそもそもの理念を関係者が意識の上で共有したうえで物事を運用していけば、おかしなことにはならないはずだと思うんです。
 「なぜ三権分立があるのか、それは権力の分散を図るためである」という理屈がわかっていれば、それを曲げてはならないわけです。それを自分たちの都合のいいように曲げて運用するから、悲惨な結果が出来しているわけです。だから「改革」とか、「変える」と言っても、元々の役割に戻すだけのことなんだと思うんです。
 しかし日本の組織では、目の前にいる人たちはどんな人でも守るべき「仲間」と認識してしまいます。そして仲間を守ることは、そもそもの理念を守り通すよりも重要なことだと思い込むんです。それで運用が間違ってしまうケースが非常に多いのだと思います。「原理原則というのは守る必要がない」と一般的に思われていますから。

 中林  なるほど、ここでひとつ明確にしておきたいのですが、制度というものをどのように捉えるかという捉え方にはいくつかあると思うんです。
 青木昌彦所長もよく言われることですが、制度とは文章に書いてあることだけではない、「みんながこのように動くのが当たり前だ」と無意識に認識していること、それらも実は「制度」である、と認識すべきです。みんなが「当然そうなるべきだ」という認識を持っているから、物事がある一定のルールで動くのであり、プロセスの理解があるから取引がスムーズに成り立つわけです。それが、その国を支えている「制度」の一部なんです。

 運営者 「制度」には、それを支えている人々の意識や認識も含まれるということですね。ということは制度研究というのはかなり難しいことになりますね。

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