必要なのは素直に学ぼうとする姿勢

中林美恵子氏


 中林  日本にいると関心も沸かないのでしょうが、アメリカ人の政策立案者の間で長々と生活していると、「日本にだっていろいろな手段があるのに」と、つくづく思います。
  ワシントンでアメリカのシンクタンクが議会内でしている活動や、他の国の政府スタッフが関わる事例を見ていると、日本人が試していない切り口が結構あります。そうした日本のプレゼンスを考える活動自体、日本という社会システムの中では、それほど評価されない仕組みになっているようでもあります。

  ですから私は、日本ではどのようなニーズがあるのかについて、はかりかねているところがあるんです。対アメリカの交渉術としても人的交流は大事だと思います。しかしそれは本来、誰がやるべきなのだろうかなどとも考えてしまいます。知識の交流も同様です。日本では財政改革や構造改革という言葉が飛び交っている昨今ですが、如何に正確に外国から学ぶかも重要な要素です。

 運営者 それは、気がついた人が考えるしかないんですけどね。
  今は確かにみんな「構造改革が重要だ」と言って議論をしていますが、その内容を見てみるとほとんど実効性のないものですよ。あるいは途中で潰されることが分かっている改革案を、みんなでお神輿をあちらこちらにかついでいるようなもので、「改革しようとしている」というプロセスを他人に見せることを目的にしてやっているだけだったりします。
  しかし本当のところ、より効率的で、市民の意識が反映された社会に日本を変えるために、より一歩踏み込んだ積極的な構造改革をしなければならないはずなんです。
  そこまで考えてくると、「我々に欠けているものは一体何だろうか」と考え始めるでしょう。それをどこかに探しに行って、そこから素直に学ぼうとしなければならないはずです。それがもしアメリカにあるのであれば、アメリカに学びに行けばいいわけです。それは、だれか気がついた人がやる以外にはないことだと思うんですけどね。
  しかしその前に、「われわれは素直に学ばなければならない」という認識が出来上がらなければだめですよね。日本は今や国際競争力30位の国なんです。ところがみなさんの意識は80年代前半のジャパン・アズ・ナンバーワンの時代のままなんですよ。

  中林さんがおっしゃるようにワシントンにおいて日本のプレゼンスが低いというのは、それが事実であればゆゆしき問題です。なぜならばアメリカは日本にとって最も重要なパートナーであり軍事同盟すら結んでいる間柄なわけですから。だから「ワシントンにおいて大きなプレゼンスを占めるのは不可欠なことである」と考えるのが当然であって、またそこをテコにして我々自身を変えていこうと考えるのが自然なことだと思うんです。
  なぜそれにトライしないのかというと、現在一部の知日派アメリカ人たちと結び付いている日本側の有力者たちは、それ以上のことを望んでいないからですよ。デビッド・アッシャーとかマイケル・グリーンとか、そういう人たちをつかまえておけば、彼らにとって問題がないわけです。

 中林  まさに。その安易さと偏りは、直していかなければならないことだと思います。あまりにも偏っていて全体が見えていないと思いますね。他にもいろんな人がいるわけですから。

 運営者 でもそっちの方が、都合がいいんですよ。
  「俺、アッシャーと友達だから、紹介するよ」と言える方が、他の人を相手にするより便利です。結局ね、利用したいだけなんでしょう。利用しやすい人、話しやすい人がいればそれで十分だということですよ。

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