コーチングは日本の「やる気」を呼び起こすか

「だいたい君はいつも・・・」は人格攻撃  コーチングは日本の「やる気」を呼び起こすか

本間正人氏  



本間  それから、上司が部下に話すときに、「だいたい君はいつも・・・」という言い方をすると、人格攻撃になってしまいます。
 それを無意識のうちにくせとしてやっている人が結構いて、例えば、「今回のこの提案書は・・・」という言い方をすれば、その人の中のごく一部分を指しているわけですから、まったく角がたたないのに、「君はいつも・・・」という言い方をしてしまう。そうすると、突然、オーバー・ジェネライゼーションがおこって、「君はいつもミスが多い人である」という人格攻撃になってしまうんです。そういう言い方ではなくて、「今回のこの提案書については、ココとココは気をつけた方がいいよね、次回は頑張ってね」と言えばなんの問題もないわけです。
 ですから、個々の現象を通時間的に一般化しないようにするということですよね。日本語の使い方の問題かもしれないんだけれど。

運営者 でもそういう言い方をしているということは、意識もそうなっているということなんです。「コイツはダメな奴だな」と。

本間  そう。ですからそこは時間限定を加えて、具体的に程度の問題としてみる必要があります。
 やる気にしても、ずっとやる気のない人というのはいないわけで、「彼は今、やる気が低いだけだ」というふうに考えるのと、「あいつはやる気がない奴だ」と決めつけてしまうのとでは、全く対処の方法が違ってくるんです。
 そもそもまったくやる気がない人間が存在したら、対処方法がないのですが、どんな人でも少しはやる気を持っているわけで、現時点だけやる気が低いだけならば、過去にやる気の高かったことを思い出すだけで、やる気が高くなることもあります。
 医学の世界でも「熱がある」「熱がない」というのは、乱暴な表現なのですが、意味論的にも、不正確な日本語は使わないようにした方が良いですよね。

運営者 その考え方を延長すると、仕事の色々な側面を輪切りにしていって、その局面で起こっているさまざまな誤解によって働く人のモラルが下がっている、前向きな気持ちが削がれているという部分も、取り去ることは可能ですよね。

本間  そう思います。

運営者 ぼくの認識では、それはかなりの部分、旧日本人のコミュニケーション能力の低さに由来することなんですけどね。

本間  その認識はおおむね正しいと思うんですよ。ただそれを旧日本人の総体として扱ってしまうと対処がむつかしい。いろんな要素が絡み合っているわけですし、いろんな人がいる訳ですから。
 ぼくのアプローチは、たとえばさっきのやる気のマネジメントについて、あるいは承認の仕方について「こうしたほうがいいよ」とか、あるいは禁止的な言い方をするのではなくてこういう言い方のほうがいいよという、ごく部分的な改善を積み上げていくというアプローチですよ。それを続けることによって、じわっと大きな塊の部分に作用していくのではないかと思うんです。

運営者 非常によくわかります。ただぼくは、そんな器用なことはできないですね。(笑)。それはすごいテクニックですよ。

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