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沖縄の基地問題など、国防を考える3

  芦川淳 氏 

名護市と辺野古はまったく別の地域

ジャーナリスト
芦川 淳氏

芦川  辺野古地区としては財政が非常に厳しかったので、「村として生きていくよりは名護市と一緒になった方がよい」という判断だったのでしょう。同じ地域の久志地区などと一緒に、名護町と合体する形で名護市になりました。しかしですね、これが実際には現実感の乏しい合併だった。これは今日のキーワードのひとつなのですが、「辺野古の集落は名護市にあって、しかし名護ではない」のです。
日頃から私が口癖にしているのは、「沖縄問題は、現地にいけば理解できる」という言葉です。内地にいて、新聞やテレビの報道だけでは見えてこないところが多すぎるということでしょうか。例えばですが、つまり辺野古の集落から名護市の中心部に行くのに、クルマを使ってどのくらい時間がかかると思いますか?


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運営者 そうそう、鳩山さんが最初に沖縄に行ったときに、辺野古から名護市に車で行ったわけですが、「南部とか他の地域との移動時間を比べるとすごく時間がかかってるなぁ」と思ってたんです。地図上では近くに見えるんですけど・・・。

芦川  それはですね、名護へは一山、二山、越えて行かなければならないからなんです。

運営者 ということは、名護市と辺野古は別の地域であるということですか。

芦川  一昔前であれば、峠を越えて辺野古から名護へ行くと、往復だけでたっぷり半日以上はかかったことでしょう。直線距離なら10km足らずですが、途中の道は険しい峠道です。ハブもでるでしょうし、そう易々と行けるわけじゃなかったんです。
 沖縄本島の真ん中を走る背骨のような山々が東海岸と西海岸を隔て、生活状態も水系も違う。ある意味、まったく別の地域と行っても差し支えない場所の2つが、いま行政上は同じ市になっている。やっぱり名護には名護の、辺野古には辺野古の考えがあって、それはまったく同じには見えない。現地を歩けばそう強く感じるんです。
 ということはですよ、先般の名護市長選挙で普天間移設反対を掲げる候補が勝ちましたが、これは果して辺野古地区に住む、つまり直接的に基地の影響を受ける人々の意思を反映したものだと言えるのでしょうか?
 これって、東京の多摩地区にある横田基地の騒音の大きさを聞くのに、東京23区の北区や江東区あたりに住む人たちの意見を聞いても参考にならないのと全く同じことですよ。

運営者 単純な話ですねえ。

芦川  行けばわかるんです。現場を歩けば、辺野古地区の多くが基地移設に反対していないことがわかります。
 もちろん米軍に対する不安や恨みめいたものがあるのは当然だと思いますよ。戦争被害において住民は一方的な被害者でもあるわけですから。しかし、普天間基地の辺野古への移設については、そうしたネガティブな部分を乗り越えていたという考えるべきなんです。
 ところが鳩山政権がやってしまった失策、今回いろいろな話が持ち上がったときに、さっきのキャンプシュワブ陸上案を持ち出してしまいました。この案になると、飛行線が辺野古の幅広い範囲で市街地の真上を飛ぶことになってしまいます。
 つまり、この陸上案というのは、普天間基地を辺野古に移設する利点をすべてぶったぎるようなものだったわけです。地元の人たちにしてみれば、現行案であれば問題なかったのに・・・。

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