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沖縄の基地問題など、国防を考える3

  芦川淳 氏 

辺野古の住民と基地の関係は良好だった



ジャーナリスト
芦川 淳氏

芦川  そうです、「ある反対意見に対応したら、また別から反対意見が出たから間をとって調整したら、また別の問題が持ち上がり・・・」という感じの紆余曲折のなかで奇跡的に落ち着いたのが、現行案だったということです。地権者や漁業補償、騒音問題、補償問題など山積みになった諸問題をクリアして唯一可能だったのがあの形だったわけです。

運営者 ということは、鳩山さんは「断腸の思い」と言っていますが、自民党政権も断腸の思いを重ねてきたということなんですね。

芦川  そのとおりです。15年に渡る協議のなかでねばり強く解決への道を歩んできたというのに、海兵隊が日本のための抑止力になることを知らなかったような方々が運営している政党がぶっ壊してくれちゃったんですね。断腸の思いでいたのは、これまでの経緯を知る者のほうじゃないですかね。
 それと、マスコミ各社の報道では、なにかあの地域全体が反対の声で怒号に包まれているという雰囲気で伝えてますが、実はそうではない。ここが重要ですね。例えば、漁業や騒音に対する補償については、決して反対一辺倒というわけではないのに、それをちゃんと報道する社がない。「沖縄は怒っている」というイメージ報道ばかりですね。

運営者 漁協は一番ウルサイ皆さんですよ。

芦川  確かにそうです。沿岸部で工事を行うのなら、漁業権の問題をクリアしなければ話は先に進みません。だけど辺野古沿岸部の漁業権を持っている人たちは、現行案での移設であればOKだったんです。
 というのは、辺野古沿岸部はジュゴンの生息地域ということでもともと漁場は設定されてなかったんです。漁業関係者は辺野古漁港から出ていって沖合での漁を行う。埋め立てられる予定の場所は、基本的に漁業とは縁遠い場所であったわけですね。
 それに、もともとキャンプシュワブそのものが、大浦崎収容所の敷地を使ってできたものです。戦後、生きる糧を求めようとした地域住民からすれば、現金収入を得る貴重な機会で、米軍に対する不安もあったでしょうが、全体的には基地と良好な関係があったというのが本当で、これはいまでも同じです。この辺野古地区に流れている空気というか気持ちの部分が内地ではほとんど報道されていませんね。

運営者 そうそう、キャンプシュワブの海兵隊はずいぶん周辺住民に気をつかっているみたいですね。

芦川  辺野古地区の自治会はもともと10個の班に分かれていました。しかしそれとは別に名誉11班個なるものがあって、キャンプシュワブの司令官がその名代を務めているわけです。基地司令官が交代するときには班旗を新司令官に手渡すそうですよ。「あなたたちはわれわれの仲間ですよ」「わかりましたしっかりやります」と。町のカギを渡すようなもんですね。
 地区の祭りがあるときにはキャンプシュワブから兵隊たちがやって来て、その準備を手伝ったり、後片付けも手伝うそうです。こういった話題だと、5月27日の夕刊フジに非常にいい記事が載ってますね。

運営者 それはどういう記事なんですか?

芦川  辞任前の最後のあがきというべきか、5月23日に鳩山前総理が沖縄県を再訪してますよね。あの日、あのとき、辺野古地区では今年で37回目になる地区運動会が行われていました。参加者約1000人に混じって、米軍の兵士やその家族たちも参加して大きく盛り上がったそうです。バーベキューなんかしながらノンビリ楽しく、もちろん撤収作業も手伝ってくれて村のオバアも大喜びですよ。

運営者 同じ時間の前総理とは対照的な明るさですね(笑)

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