わたしのワイン第2期「ワインは人だ」  
自然派ワインに首ったけ  山田恭路 氏




わたしのワイン第2期「ワインは人だ」  [自然派ワインに首ったけ]

BMO株式会社
山田恭路 氏

山田  われわれみたいに東京に住んでいると、何か問題が起こったときには、必ず解決方法があると思い込んでるよね。どこかコンサルティング会社に頼むとか、何らかのソリューションが提供されるわけで。でも彼らは、どう解決しようとしてもどうにもならないものもあるということを知っている人たちなんだよ。

運営者 自分と何ヘクタールかのブドウ畑があって、他人の力を借りずに気象条件の変化どころか、天変地異にまで向き合わなければならないという迫力があるわけだな。

わたしのワイン第2期「ワインは人だ」山田  やっぱりそういう人間が持っているオーラっていうのは目の当たりにするとすごいものがあるよ。「人間の力では絶対にどうすることもできないことがあるんだ」ということを、わかっているから。
 だからぼくらが問題が起こったらなんとかすることができるだろうと考えているのは、すごく甘い考えなんだということがわかったよ。

運営者 ワイン農家は、絶対的なものに向き合っているんだ。絶対唯一神の宗教は、どれも砂漠の国の発祥なんだけど、砂漠に住んでいてそういった厳しい自然条件に向き合う中からできてくるものだということをよく聞くけれど、そういうことなんだなぁ。
 日本みたいな豊かなところだと、そういうのはわからないよ。

山田  だけどかれらは、ただ流されているだけかというとそうではなくて、ものすごく突っ込んで最先端のことをやるそのじいさんみたいな人は、ブドウの飼育師みたいな感じで、徹底的にやってるよ。厳しく育てて剪定して、肥料をまかないから木の根が深くまで達している。
 そのじいさんがブドウ畑を歩くと、彼の後ろをブドウの木が尻尾を降ってついていくように見えるね。

運営者 ほおー



山田  というくらいなことまでやり抜いて、自信を持ってブドウを育てていて、でもどうにもならないことがくるんだよ。
 徹底的に戦ってはいるんだけれども、自然に抱かれていくしかない、同調するしかないというところもあるわけだ。そういった、われわれには絶対にできないような努力をしているよ。

運営者 なるほどね、都会者とは違うということだ。
 ということは、そういうものを見ていると、これは何か今まで自分が極めたと思っていたワインの常識とは違う世界があるんだなということを感じ始めたわけね。

山田  「ワインは人だ」ということがわかったんだよね。
 頭の中で、どこかやっぱり工業製品だと思っていたものが、農作物だということが本質的にわかり始めたのがそのころなんだ。

運営者 ナパバレーのワインっていうのは、なにか工場で造っているような感覚はあるよね。

山田  ここで扱っているようなワインを毎年毎年見ていると、この年はこういう苦労があったんだなとか、この年はこういう感じだったんだなと、造り手のことをワインから語りかけてくるようになるよ。
 だけど有名シャトーは、有名なんだけれども造り手の顔が見えないワインなんだよね。マーケティング的に顔を出しているワイナリーは世界中あちこちにあるんだけれど、造り手の生きざまが投影されたワインということを感じ始めたのは、97年から99年くらいのことだよ。そして、よりナチュラルなもののほうに自分が近づいていったね。

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自然派ワインに首ったけ 山田恭路 氏

自然派ワインに首ったけ 山田恭路 氏