わたしのワイン第1期「濃ければいいという時代」  
自然派ワインに首ったけ  山田恭路 氏

わたしのワイン第1期 「濃ければいいという時代」  [自然派ワインに首ったけ]

BMO株式会社
山田恭路 氏

山田  だけど、ワインの味に絶対基準を求めたりする国もあったりするわけで。

運営者 それはZAGATサーベイをやったりするような国ですよね。

山田  だからアメリカにはロバート・パーカーという有名な評論家がいて、ワインに点数をつけている。

わたしのワイン第1期 「濃ければいいという時代」運営者 留学して帰ってきたような人で、彼の本を持ってきてワイン店でブツブツ言ってる人がいるよね。そういう友人が多いのでワインの選択はそういう人に任せちゃって自分ではちっとも憶えなかったんだけど・・・。

山田  ワイン学校の講師をやっているときには、ぼくはそういう消費者のための物差しがいいと思っていたし、その価値基準というのが、さっき言ったように味も色も濃くて、渋みが強くて樽の香りがついていて、イコール高いという図式だった。
 そのころはこの店に置いてあるようなワインもまだ出てきていなかったしね。

運営者 だからぼくの中の価値基準も、そういうのがいいワインということになっているよ。それがいまわれわれが持っているワインの文化だよね。

山田  当時はぼくも20代で若かったから、そういう世界を追い求めて、そういう価値基準の中でいかに安いワインを見つけるかというのが楽しかった。だからぼくはロバート・パーカーがつけた年号ごとのワインの点数が、ほとんど頭の中に入っていたよ。すごいマニアだよね。やっぱりボルドーのシャトーの高いワインがナンバーワンということになっていた。
 ところがね、ワイン学校の生徒さんを連れてボルドーに何回も出かけるでしょう。そうするとね、どのワイナリーに行って説明を聞いても、相手がその次に何を話すかが、先にわかっちゃうんだよね。「この次は温度管理の話をするだろうな」と。みんな同じ造り方をしているからね。
 「濃ければいいという時代」、これからが自分の中でのワイン第1期ですね。
 30歳になって、ぼくは凝り性なので、そういったのにそろそろ飽きてきたなと思っていたら、今のフランスのパートナーに巡りあったんだ。で、パートナーの運転する車でフランスのブドウ畑の奥の奥にぐるぐる入っていって・・・その時なんだよね。

運営者 なにが?

山田  今までの物差しから考えたら、「このワインの濃さであれば価格的には5000円でなければならない、1万円でなければならない」というワインに当たったとして、でも値段を聞いてみると1500円だったりしたんだよ。
 「どう考えても、日本に輸入して円換算したら1500円だな」と。何でそんなことがありえるんだろうというところから、まず始まったんだ。

運営者 その最初に会ったワインというのは覚えている?

山田  もちろん。ここで売ってるよ。
 それから、ボルドーの高級シャトーに行くと、案内してくれる人がアルマーニなんかを着てるわけ。ところが、そういうワインを造っているワイナリーに行くと、野良着を着ていて、基本的に胸毛が見えている。テイスティングルームだって、きれいなところなんかひとつもない。
 ぼくは近代醸造学を勉強していたから、「こんな状態でワインを造っていて、このワインができるはずはあり得ない」と考えるわけだ。ところが、ワイナリーを見て想像した味とは全く違うものが出てくるんだよ。これはすごいショックだったね。

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自然派ワインに首ったけ 山田恭路 氏