東アジアの近代化モデルについて



飯坂  それはでもね、その点でも、これまで曲がりなりにも発展してきた日本人はアジア諸国に先行してるのかもしれませんね。
 例えばヨーロッパでも、アメリカでも、中国語やハングルの垂れ幕を張り付けた観光バスが走ったりしているわけですよ。だけど日本人はもうそういうことはしないわけじゃないですか。

運営者 恥ずかしいですからね。

飯坂  昼休みに千鳥ヶ淵のあたりを散歩すると、やっぱり中国人の一団とか居るんですよ。

運営者 昔、JALパックで海外旅行に行っていた日本人みたいなもんですな。

飯坂  そう、だから日本モデルで発展して行ってるんですよ。

運営者 僕は、ニュルンベルクでその会話の乏しい横めしを聞きながら、「もしここに手塚さんがいたらどうだっただろうか」と考えていたんですよ(笑)。
 だっておそらく、彼がその場にいれば、話のレベルが格段に上がって、「今夜は飲みあかそう」ということになるはずなんですよ。だって彼ならまずニュルンベルクということでワーグナーについて1時間は放っておいても話すと思うし、酒ということになれば酒の知識を動員して話すでしょうからね。彼は絵画にも詳しいし。

ミケランジェロミケランジェロ飯坂  やっぱり東アジアの近代化モデルというのは、好むと好まざるとにかかわらず日本をモデルにしなければならないということなんでしょうね。

運営者 アジアの人たちは否定するかもしれませんが、僕はアジア的価値というのは、日本もアジアも共通してると思うんですね。その中で最初に近代化したのが日本なのであれば、同じような形でアジアの近代化はなされると思うし、日本とまったく違った形での展開というのは考えられないと思うんですよね。

飯坂  そうだよね。

運営者 悪しきにつけ悪しきにつけ(笑)。

飯坂  日本人が言いたくないことではあるが。

運営者 僕は、アジア的価値の本質とは何かというと、「個人というものがない」ということだと思うんですね。それと、この旅で考えたことを突き合わせてみると、欧米人は個人というものを持ちながらも、集団としてのパワーを発揮する方法を必死になって確立してきたのではないかということだと思うんです。

飯坂  それは、それこそ西欧のみが成し遂げることができた話だね。 

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