人は信仰のみによって義とされる



運営者 宗教改革は、カソリックを否定することで、個人としての自立を獲得する過程だったと思います。それは、ねじれた形でのルネサンスだと思うんです。
 その宗教改革の流れの中で、僕がすごく重要だったなと思うのは、ルターは「人は信仰のみによって義とされる」と悟ったから「神の代理人」であるカソリック教会を否定することができた。教会の権威にぶら下がるのでなく、個人が神と向き合う姿勢に気づいたわけです。
 で、1517年にヴィッテンベルク城教会の扉に「95ヶ条の提題」
を掲げるわけですが、その扉は木製なので、今はもうなくなって鉄製になっているらしいんです。500年も前のものですからね。

飯坂  でも僕は、スペインで、キリストが磔刑にあった十字架の一部と称する木片を見たよ。木片自体が小さな十字の形になっていて笑っちゃったけど。そういうのはそこかしこにありますよ。

運営者 そういうのは歴史以前のものなので、記録もないし記憶もないし、大丈夫なんじゃないんですか(笑)。
 聖遺物商売というのは、昔は大ビジネスだったんですよ。いかもの商いですね。

飯坂  いつの世も変わりませんね。

ダンテダンテ運営者 だから「わが名をみだりに唱えてはならない」とか、「神の像を彫ってはならない」という禁忌は正解なんでしょうね。

 で、僕が一番注目するのは、それまでの聖書はラテン語で、カトリックの神父が適当にウソばかりついて読んでいたのですが、それをルターが、みんなが読めるようにドイツ語に翻訳したということです。そうすると、さっき言った「神と個人」との結びつきが聖書を媒介にしてできるようになるわけです。

飯坂  でもさあ、みんなが聖書を読んだわけじゃないよね。だって、識字率はそんなに高くなかっただろうし。

運営者 意外と高かったらしいですよ。

飯坂  字が読めたとしても、本なんか読まない人が多かっただろうし。

運営者 昔はね、本というのは、1冊の本を一生をくり返して読んだものなんだそうです。今と違うんですよ。今みたいに、みんな1時間で読める本や、3分でわかる本を求めていたわけじゃないんです(笑)。

飯坂  それにしたって、3分でわかる本すら求めている人は少なくなっちゃったかもね。せいぜいマンガくらいで。

運営者 それで当時はね、例えば宗教改革の時には聖書よりもパンフレットが重要だったんです。印刷機ができたから、宗教改革を伝えるパンフレットはものすごくたくさん刷られていたらしい。
 ルターの書いたパンフレットなんて、数十万部も印刷されたわけですが、それを、字の読める奴が酒場に持っていくんですね。そこでみんなに向かって読むんです。そうした酒場の知識で宗教改革は広がっていったそうですよ。

飯坂  なるほどね、それか。それで共産革命の時にパンフレットが盛んに印刷されて、酒場で広まったわけだ。

運営者 印刷機を守るのが革命の闘士の仕事だったんです。 

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