ルネサンス建築のひろがり



運営者 そこで、ルネサンス建築というのもまたできてくるわけです。フィレンツェのドゥオーモのクーポラを作ったブルネレスキという人が、ローマの古代建築を勉強して アーチと柱の組み合わせを復活させたわけです。
 それが新しい時代の教会建築と、教会建築よりもルネサンス以降は個人の邸宅にそれが広がっていったということが重要です。商人がお金を稼いで邸宅を作るようになった。

コジモ・ディ・メディチコジモ・ディ・メディチ イタリアでは都市の住人が封建領主や貴族の支配から免れることができたので、山の上に城を一生懸命作ることよりも都市建築が発達したということがあります。ルネサンスの建築様式は、中世の城郭建築でもなくて、教会でもなく、個人の邸宅に取り入れられた。それがフィレンツェでいうとピッティ宮とかストロッツィ宮として結実するわけで、これが新時代の建築様式としてヨーロッパ中に広がっていくわけです。

 戦争の被害を受けていないヨーロッパの街は、ルネサンスやバロックの建築様式で作られていると考えてよいのだと思うんです。その後にいろいろ紆余曲折はあったのですが、19世紀にネオルネサンスとか、ネオバロックという建築様式の復活があって、その時代につくられたのも、やはりこのルネサンス様式を下敷きにしたものなわけですから。

飯坂  なるほどなるほど。

運営者 そのようにしてルネサンスが花開いたわけですが、またこれに対抗して宗教改革の動きが起こってきた。それってのは、直接的な要因はサンピエトロ寺院をつくるために贖罪符をいっぱいドイツに売ったというのが原因ですよ(笑)。
 つまりバロック建築の精華であるサンピエトロ寺院をつくるために、カトリックはなんとも大きな犠牲を払ったということなんです。

飯坂  ジム・ロジャースの本に書いてあったのですが、西アフリカのコートジボワールに初代大統領が作った、サンピエトロ寺院そっくりな建築があるらしいですよ。本当は実物よりも大きなものを作りたかったらしいけれど、さすがにバチカンに遠慮して2センチだけ小さなものをつくったらしい。

運営者 それはすごいですね、サンピエトロ寺院というのは、うちくらいの高さがあるんですよ(調べてみたら、ドームの部分だけでした。それでもかなり大きいですが)。

飯坂  それをホントに作ったらしいんですよ。

運営者 へえー。まあでも、信仰心のなせるわざで、やるかもしれませんねえ。
 話を戻して、ルネサンスはイタリアに花開いたのですが、1527年にサッコ・ディ・ローマといって、反カトリック勢力である神聖ローマ皇帝の軍隊がローマに入ってきて大略奪をやるわけです。ローマは火の海になって、それでルネサンスは終了してマニエリスムの時代になるわけです。

 一方でアルプスの北側では宗教改革のあらしが吹き荒れて、カトリックの側もそれに対抗して、あまりいい加減なことをやっているとまずいなというので多少反省するわけです。

飯坂  カウンターパートができると、緊張感ができて真面目になるということですね。 

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