ローマとドイツとキリスト教




飯坂  どうして今回のヨーロッパ旅行では、イタリアからドイツという順番で回ったんですか?

運営者 ああ、それは私の中で、ある問題意識があったからなんです。
 ものすごく単純化して言うと、僕はローマ帝国を滅ぼしたのはキリスト教だと思ってるんです。なぜならローマ帝国はキリスト教によって弱体化するからです。キリストの普及によってギリシャ・ローマの闊達さは影をひそめ、ローマ社会は閉塞してしまったんだと思うんです。

アルベルティアルベルティ それで面白いのは、直接的にはゲルマン民族がローマ帝国を滅ぼしたわけですが、ゲルマン民族はキリスト教のローマに入り込んでいくことによって、キリスト教を取り込むことになるんです。そこで蛮族であったゲルマンの文明化が始まったわけです。
 というのも、おそらくキリスト教はギリシャローマ的なるものを、その過程で吸収したからです。それがフランクの「カロリング・ルネサンス」ですよ。カロリング朝がやったルネサンスというのは、「徹底的にローマに学ぼう」というものだったのですが、それをキリスト教を媒介にしてやったわけです。

 そのようにキリスト教が伝わっていくことによって、ゲルマンが文明化することになったのですが、それ即ち間接的にゲルマンにギリシャローマを伝えることになったということだと思うんです。すごく逆説的だけど、おそらくそうなのでしょう。

飯坂  なにか、東アジアでもありそうな話だな(笑)。

運営者 ゲルマンではその後、神聖ローマ帝国を作るオットーが出てくる。
 面白いことに、ドイツも中世には300の国にわかれていたそうです。小さい国から大国まであったみたいですが。バイエルンのヴィッテルスバッハやプロシア、ハプスブルクのような大国もあったし、選帝侯になったような家は大 勢力でしたが、反対に貧乏貴族だとその辺の農家と変わらない規模のものだったみたいです。それらの国々が神聖ローマ帝国というリーダーを上にのせることによって力をまとめることができたので、イタリアを支配できたわけです。フリードリッヒ2世なんてシチリアにいたわけですから。

 イタリアは古代ローマ時代は世界を支配していたのに、その後のキリスト教の時代には、ゲルマン民族がキリスト教を取り入れることによって、間接的にギリシャローマ文明の自らのものとし、文明化に成功したので、そのためにゲルマンの支配下に置かれてしまったというわけなんです。中世の初めのドイツには、2000かそこらの教区があったんなそうです。ドイツをローマ化したのはキリスト教なんですよ。

飯坂  まぁそういうことですな。「神聖ローマ帝国」という名前自体がそういうことですから。

運営者 そう、なぜ神聖ローマ帝国という言い方をオットー1世がしたかというと、東にビザンチンがいたから、宗教的にも神聖ローマ帝国は西ローマ帝国の直系なんだよということを示すために神聖ローマ帝国を名乗り、対抗して独立性を守る必要があったからなんだそうです。基本的には政治的な意図が優先されて、物事は進んでいくんですね。 


b.pnga.png