台灣好好 日本よりも日本らしく 15

旅行土産話仲間 飯坂彰啓

台湾は誰のものでもない


運営者 さりながら、日本は負けてしまったわけです。1946年5月20日に、蕭さんはビルマから復員してきました。復員したらどうなったか。即、支那籍に編入されたそうです。そのとき蕭さんは泣いたそうです。この人は、日本人の方がよかったんですよ。
 ところが、恩給が出ないんですよ。

飯坂  出ないですか。

運営者 東京裁判に「恩給をくれ」と訴えたら、「新憲法上みんなガイジンなので却下です」と言われたらしい。それはかなわないなと思ったそうです。だってもし日本に住んでいたら、恩給はもらえたわけですから。
 この点について、彼はこう言っています。「別に今さらお金が欲しいとは思わない。日本が残してくれたインフラを考えたら、賠償も必要ない。むしろ多すぎるほど残していってくれたくらいだ。だけど一言日本の総理大臣に、過去の台湾の軍人軍属の皆さん、ご苦労様でしたの一言がもらえたら、それでいいんだけどな、と言ってましたよ。
 だぶん安倍首相がアメリカ議会で慰安婦への謝罪の言葉を口にしたのを聞いて、蕭さんは歯がみして悔しがってるだろうなあ。申し訳のないことです。

飯坂  恩給は払うべきだよ。存命の人にしても、遺族にしても日本ではもらっていたわけでしょう。

運営者 これについては、議論があるはずです。もしそれをやったら、寝た子を起こすことにもなりかねません。中国政府が騒ぐでしょう。今は従軍慰安婦ですんでいるけれど、韓国で「わたしは日本の軍属だった。謝罪と賠償を」という人が大量に湧いて出てくるわけです。

飯坂  敗戦時に軍の記録を廃棄してしまったというのは、本当に後世に禍根を残しているよね。

運営者 それで日本は負けたわけですけど、では台湾は誰のものかという問題があるわけです。
 国民党政府は、台湾を接収するために陳儀を行政長官として派遣します。これは1945年9月2日のGHQ一般命令第一号にもとづいていて、第3戦区(台湾および北緯16度以北の仏印内)の司令官である蒋介石に、台湾の接収と日本の総督に対する降伏文書の調印を命令したものです。でもこの時点では、接収しただけで、台湾は中国のものではないんです。

飯坂  そうなんでしょうね。米軍占領下の日本が、米国のものでなかったのと同様ですね。



圓山大飯店から見た台北夜景(雨だけど・・)。圓山大飯店から見た台北夜景(雨だけど・・)。

運営者 国民党政府は、台湾の領有はカイロ宣言に基づいたものであると主張しています。でもカイロ宣言では三巨頭は合意文書にサインしていないんです。なぜかというとチャーチルは、香港があったから、署名をすると香港が中国のものになってしまうので。だからカイロ宣言は口約束なんだそうです。
 サンフランシスコ条約では、日本の台湾放棄を明記していますが、ではその台湾をどこが領有するかということについては触れていません。
 トルーマンは、連合国管理下に台湾をおこうという考えを一時は持っていたようです。

飯坂  日本だって分割統治される可能性があったわけだし。

運営者 半島だって、ベルリンだってウィーンだってそうだったわけですから、それは一般的な考え方だったんでしょうね。ところが蒋介石は重慶から、台湾出身の人間にトルーマン宛に、「台湾は中国のものにしてください」という手紙をいっぱい書かせたんだそうです。
 そうこうするうちに朝鮮戦争が起こって、台湾はずるずるべったりに国民党政府のものになってしまったんだけど、こういう経緯を考えると誰にも台湾の所有権はないし、他国にはないんですよと、この本省人のおじいさんは主張しているんです。

飯坂  まあ朝鮮戦争がなければ、毛沢東は台湾に侵攻していたかもしれないけどね。

運営者 だから、さらに重要なのは、国民党政府にも台湾領有の正統性がないということは、中華人民共和国には「台湾が中国の領土である」とする根拠はカケラもないということですよ。何をもって「台湾を開放する」と言ってるのか・・・?


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