台灣好好 日本よりも日本らしく 13

旅行土産話仲間 飯坂彰啓

蕭錦文さんに教わる「教育勅語」




運営者 それでその時、蕭さんから貰ったコピーがこれですよ、驚きますよ・・・。

飯坂  これは教育勅語じゃないですか。すごいなぁ。

運営者 これを彼は、観光客全員に配りました。彼はこう言ってましたよ。
 「わたしは皆さんにこれを覚えて帰っていただきたい。これは教育勅語です。教育勅語にはとてもいいことが書いてあります。この中には、われわれは戦争をすべきであるとは一言も書いてありません。むしろ日本は、この戦争を好んでやったのではないということをわたしは言いたい。

爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ・・・。
 この部分はとてもいいでしょう」
 などと朗読しながら言っているわけです。
 これを聞いている観光客は、卒業旅行で来ているようなパッパラパーの明治大学生と、じいさんばあさんだったりするんです。それで若僧は、「教育勅語って何?」ときょとんとした顔をして聞いてるわけです。

飯坂  それは仕方がないかもしれないね。教育もマスコミもそういったものは絶対悪として葬り去ってしまっているものね。僕が子供のころは戦前生まれの先生のなかにはそういったことを話して聞かせてくれるひともいたのですが。

蕭錦文さんに教わる「教育勅語」運営者 だけど、これってすごいギャップですよ。
 それで蕭さんは、「この教育勅語があったから私は志願兵に志願したのです」というくらい、この教育勅語の精神に感服しているわけです。

飯坂  もちろん教育勅語が言っている内容自体は正しいし、明治23年の時点では、邪念が入ったものではなかっただろう。

運営者 アジア全体の中で見ても、あるひとつのプリンシパルが込められた、理念を示すものであったと思います。

飯坂  そうですね。明治国家はとりあえずちゃんとしたものは作っているんだけど、それが戦後を通して曲げられてしまっているから・・・。

運営者 ところがそれを、台湾人から私は聞かされたんですよ。飯坂さんはこの教育勅語のさわりの部分は暗唱できるわけですが、たいがいの日本人は存在すら忘れてしまっているわけです。
 蕭さんはこう言ってました。「日本人がすき好んで前回の戦争をやったのではないという証拠は3つあります」。そうなんですかと、はじめて聞いたなと。

「この航空写真を見てください。この写真は1940年にアメリカ軍が撮った台北市内の航空写真です。こういう写真を撮るということは、アメリカ軍は戦争準備をしていた証拠でしょう」
 と蕭さんは非難していました。なるほどねー。

 そして彼は、「日本は侵略戦争をしたのではない、太平洋戦争はアメリカの罠だったのだ」と強調しています。つまり、来栖・野村大使が戦争回避の努力を一所懸命したのに、アメリカはそれを踏みにじって、野村大使にハルノートを突きつけたわけです。これ僕が言ってるんじゃないですよ、蕭さんが言ってるんですよ、「日本は我慢に我慢を重ねて、それから戦争を始めたのだ」。
 さらに「その前に、日本は国際連盟を脱退しましたね。これはなぜでしょうか?」とみんなに聞くんです。それで学生が皆うつむいてしまいました。

飯坂  (笑) 「国際連盟ってなに?」って感じだね。日本とアメリカが戦争したことすら知らないかも。

運営者 かもね。さすがにこれは、日本人の沽券に関わりますから、わたしは、「それは満州事変があって、リットン調査団の報告に基づいて国連が列強の共同管理による満州支配をやろうと提案をしたので、それに乗れない日本は国際連盟を脱退したんですよ」と口をはさみましたが、彼はこう言うんですね。

 「直接的理由はそうなんだけれど、その前に海軍軍縮条約をやっていますね。その時に5:5:3の艦艇保有比率を押しつけられたでしょう。日本は島国なのに、他の国よりも比率が少ないのはおかしいじゃないですか。考えてもごらんなさい。日本は白人国家の植民地にもなりかねない。どうすれば国を守れるかと考えたときに5:5:3では国を守れないよといったことが積もり積もって国連も脱退しなければならないところまで追い込まれてしまったんだ。
 なのに今の日本ではそのように教育がされていない。日本の教育は間違っている!」
 とのたまうわけです。

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