台灣好好 日本よりも日本らしく 11

旅行土産話仲間 飯坂彰啓

100年前のエコロジー総督府




運営者 だって総統が車に乗っているのを写真に撮ったって、なんということはないじゃないですか。だいたい写真がとれるようなのんびりしたスピードじゃないんですよ。恐ろしい速さで運転してますからね。

 それで、その正面玄関から入れるのは、総統と副総統とその賓客に限られるみたいですよ。われわれ下々は、当然正面玄関から入れるはずもなく、裏に回って厳重な身体検査を受け、荷物をすべて預け、パスポートを提示したうえでパスポートを取り上げられ、やっとの思いで入館が許可されるわけです。
 この台湾総督府は1906~7年にかけてコンペで設計されたもので、7人が入選して、1人1000円ずつもらっています。一等賞になった長野宇平治は5万円もらいました。建築費は260万円。1917年に完成したたいそう立派な建物です。
 これが完成したとき、日本にはまだあの国会議事堂は立っていませんでした。仮議事堂だったんですよ。もっと言うならば、台湾に電気が引かれていたときに、東北地方には電気のないところがあったんです。
 この総督府に最初に入ったのは明石元二郎でした。

飯坂  明石元二郎はその後すぐ死んでるんだよね。

運営者 そうです。明石は帰国する船の中で亡くなったのですが、遺言で「台湾に埋葬してくれ」ということでここに葬られたらしい。欧米諸国の植民地の総督で、帰国してから死んで、「植民地に葬って欲しい」と言う人がどれだけいますかね?
林森公園内林森公園内 彼は台北市内の墓地に葬られました。それは市内にあるデューティー・フリー・ショップのすぐ裏手なのですが、そこは大陸から戦後渡ってきた本省人のうち、貧しい人たちがバラックを作って住んでいたスラム街になったんです。
 陳水扁が台北市長時代に、そのバラックを全部撤去して、今は公園になっています。行ってみたんですけど、そこには「明石が葬られていた」との石碑がちゃんとありますよ。ただそこから掘り出された骨は、台北近郊の別のところに立派な墓を作って葬られています。

飯坂  なるほど、知らなかった。日本のマスコミは、そういういいことは一切報道しないからね。

運営者 改葬されたのは、2000年ですよ。
 で、この総統府の建物の四角の部分は張り出しになっていて、そこは喫煙所になっていたそうです。つまりたばこを吸うやつはそこに行って吸わなければならない、分煙をすでに100年前にやっているわけです。喫煙所のゴミはそこからシューターで下に落ちるようになっていて、たばこの吸い殻は総督府のほかの部分には行かないようになっていました。
 当然ながらこの総督府は、できたときに台北一の建物であり、近在の諸国にもこんな立派な建物はなかったわけだから、台北市民は大変誇りにしていたそうです。

飯坂  へー。

運営者 そして総督府の塔は鉄道のレールを鉄筋がわりに使っていてものすごく頑丈だったので、米軍の爆撃で至近弾が落ちても大丈夫だったみたいです。台湾総統は毎晩この塔の上に登って、民のかまどの煙が上っているかどうかを見ていたそうですよ。仁徳天皇かと。「ほんとですか」と私は再確認しましたが、案内してくれた人は本当だと請け負っていましたよ。
 中庭には梅の花の形をかたどっています。梅の花は中華民国の国花らしい。庭にアブラスギという木が植えられています。これは台湾にしか育たない植物で、木の中に油が入っているという杉らしいです。

飯坂  面白い。

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