台灣好好 日本よりも日本らしく 7

旅行土産話仲間 飯坂彰啓

故宮博物館 宋代は中国のルネサンス期

故宮博物館

運営者 そういうものは十分堪能することができるわけですが、その他今回の目玉は、北宋時代の書画、これがなかなか展示されないらしいのですが、今回は展示が充実していて、よく「日本人は大きなものを小さくするのが得意だ」と言われましたが、悪いけど僕は、そのルーツは中国にあると思いましたね。

飯坂  別に悪くはないでしょう。中国にはいいことも悪いこともいろんなことがありますからね。

運営者 例えば、横位置の画で、すごく高い山があって横に広大な自然が広がっているように見えても、高さ50センチの絵だったりするわけです。その50センチの中に世界を入れ込んでしまっています。素晴らしい表現です。そういうのを見ると、日本はトランジスタ化が得意だなどと言われるけれど、はたしてそうなのかなと思ったりもします。
 宋の時代は中国のルネサンス期なのだそうです。

飯坂  そうなんですか。

運営者 つまり、唐の時代までに顔真卿なんかが出て、書法は完成されているわけです。
 宋の時代になって何がどうなったかと言うと、宋では朝廷が礼を重んじて古代とか古典に学ぼうとしたのだそうです。それから生活美学が尊ばれたということがあります。生活美学の中で古いものや自然の美しさを生かそうとしたと。
 それで人文的な素養を、確立された書法に付け加えようとしたんだそうです。唐の時代の文物にはそうした人文的な素養が欠けているんですね。それが宋代の文物の面白味です。

飯坂  言ってることはわかりますよ。

運営者 でも明代までは工匠は官営だったんです。明になってやっと商品経済が発達して民間でいろいろなものが作られるようになったらしいので、そこが都市国家を中心として興ったルネサンスとの違いを感じさせるところだと思いますね。
 書画の中に人文的要素を入れるというのはどういうことかと言うと、書画を書く人は、専門的な絵かきではなくて、教養人になったということです。書画の中に教養が含まれていなければおもしろくないということですよ。

飯坂  「書」ですからねぇ。題材の内容も芸術のうちだということですね。古典からとるにしても、自作の詩文を選択するにしても、相当の教養人であることが要求されます。そういった教養を問うていたものが、科挙であるわけです。

運営者 ですからそのころ蘇軾が出てきて、左遷されて東坡肉を作りつつ、ここに展示されている「寒食帖」のような、書自体が自分の気持ちを表すようなスタイルを作っていったのだそうです。
 そういうのを、故宮博物館ではごまんと見ることができます、まあね、1日つぶれますね、これは。書なんかいちいち読んでいた日には。
 それから掛け軸のお化けみたいなでっかい北宋時代の山水画が目玉商品として展示されていましたが、照明が暗くて見えないです。

飯坂  焼けちゃうと困るからね。

運営者 これには、細部にいろいろおもしろい表現があったりするらしいのですが、どんなに眺めていたって見えません。わたしにはとうてい楽しめるものではありませんでした。

飯坂  これだけの美術品が、蒋介石と一緒に旅したんだなぁ。

運営者 中国全土を旅したみたいですよ。成都や重慶まで行ってますからね。大変なもんですよ。

飯坂  成都なんて、山険の奥の奥にある、劉備が陣取っていたところでしょう

運営者 蜀都ですよ。でもまあ行ってみてわかったけど、これはやっぱり国民党政府は持って逃げるわなと。宝物ですよ。殷周時代のものとか、信じられないようなものがありますから。中国政府はこれらの返還を要求してますからね。
 故宮博物館は、見に行く値打ちはありますよ。見事なものだと言えるでしょう。

飯坂  なるほどねー。

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