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ミッドウエー海戦の敗因   ◆「人間力」エピソード集

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 太平洋戦争緒戦で勝っていた日本海軍連合艦隊は、次にハワイと日本の中間地点にあるミッドウエー島を攻略しようと、1944年5月上旬、大和艦上において図上演習を行った。

 敵が航空基地を構える島を海から攻め落とすのはきわめて難しい作戦である。この図上演習では、日本軍がミッドウエー島を攻略しているとき、突然ハワイで打ち漏らしたアメリカの空母部隊が現れて艦隊同士の戦闘となり、4隻の日本の空母に大損害が出てしまった。そこでどうしたか。主力空母すべてが損害を受けたのではミッドウエー攻略作戦を続行できないので、1隻だけが失われたことにして、後の3隻には損害がなかったことにして何事もなかったかのように演習を続けたのである。

 図上演習は数回行われ、アメリカ軍の空母配置が日本側にとって有利であれば、ミッドウエー攻略が成功するという結果も出た。この楽観的な見通しに基づいて連合艦隊司令部はミッドウエー作戦を決行した。しかしこれはおかしなことだ。「ラッキーであれば勝てる。しかしそれは自分の実力ではない」というのが図上演習の結果だったのだから。ミッドウエー作戦を決行した時点で日本軍は負けていたのである。

 6月4日のミッドウエー海戦の結果は、図上演習の通り4隻の主力空母が沈んでしまった。そしてミッドウエー海戦は太平洋戦争の転回点となったのである。


 ミッドウエー作戦とまったく同じような失敗をこの2年後またもや日本軍は犯している。1944年5月、日本軍はアメリカ軍に太平洋の島を奪い返され、じわじわと追い詰められていた。状況として次はマリアナ諸島(サイパン島など)か西カロリン群島(フィリピンの南東・パラオ島など)への侵攻が行われると連合艦隊司令部は考えたのであるが、この二者択一の判断のときに、日本軍にはタンカーが不足していたのでマリアナ方面では決戦ができないという現実があった。その現実に歪められた判断結果として、「アメリカ軍は西カロリン群島に来襲するであろう。マリアナ諸島に手を伸ばすのはアメリカにはまだ時期尚早であろう」と想定し、連合艦隊は主力部隊をフィリピンの南部に移動して決戦の準備に入ったのである。

 ところが6月11日、アメリカ軍は突如マリアナ方面に出現した。日本軍はマリアナ方面に移動したが、主力艦隊をパラオに移動させていたので、マリアナでは不利な戦いをすることになってしまった。その結果3隻の空母と200機の航空機を失い、連合艦隊は空母部隊をすべて喪失することとなった。これに対してアメリカ側は航空機の損害は大きかったものの、艦隊はたいした損害を受けなかった。この後すぐサイパンが陥落し、日本本土への空襲が本格化することになる。
 さらにこの2カ月後の台湾沖航空戦では、「アメリカ軍機動部隊に対する日本軍の大規模な航空攻撃の戦果として、アメリカ空母11隻、戦艦2隻を撃沈した」という大本営発表がにぎやかに新聞の一面を飾った。しかし実際のアメリカ軍の損害は空母1隻小破。巡洋艦2隻大破という軽微なものであった。ここまで見えないと末期症状である。

 このように自分自身の姿をありのままに見つめ、自分の実力を客観的に評価するというのは、他人を観察するよりも難しいことなのだ。
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