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「伊達者」の効用   ◆「人間力」エピソード集


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 逆らえない相手に嫌な仕事や負担を押しつけられそうになったとき、どうすればそれを回避できるだろうか
 小田原北条氏を滅ぼして日本に敵がいなくなった豊臣秀吉は、明への侵攻を企て、その前哨戦として16万もの大軍による朝鮮半島出兵を決定、出兵の命令書を全国の大名たちに送った。
 伊達政宗にも「出陣式のために、1500の兵を連れて上洛せよ」との命令が下った。小田原攻めの時はたった100騎で、しかも大幅に遅参して何の戦力にもならなかった正宗であったが、この時は一計を案じた。

 1592年1月5日、政宗は3000の兵を引き連れて出立し、京都に入った。朝鮮出兵の出陣式では前田軍、徳川軍に続いて3番目に現れた伊達軍であったが、そのいでたちは京の人々の目を驚かせた。

 先頭に立つ足軽隊は、30本の紺地に金の日の丸の幟を掲げ、金色のとんがり笠をかぶり、銀箔の太刀を帯びていた。鉄砲100丁、弓50本、槍100本。騎馬隊は黒い鎧に金色の半月の前立て、馬は動物の毛皮で作った鎧をまとい、長いクジャクの羽をたなびかせていた。
 軍奉行の原田宗時と後藤信康の2人は、長さ2.7メートルもの大太刀を金の鎖で下げており、その先は地面につきそうであった。
 正宗はクマの毛皮でつくった陣羽織を羽織っていたが、その姿は派手な行列の中でかえって目立っていた。計算され尽くした演出である。伊達軍の行列は実に美しかった。
 こうした軍装をはじめて見た京の民衆は呆気にとられ、やがてもう既に日本が勝ったかのような錯覚にとらわれてやんやと喝采したのである。

 きらびやかな伊達軍のいでたちは、派手好きな秀吉の気持ちもがっちり捉えた。秀吉は興奮して立ち上がり行列を見送った。伊達軍がいたく気に入った秀吉は建軍を自分のそばに置き、「北京入城の折にはこの行列に自分の周りを固めさせたいものだ」とすら考えたのである。

 結果として、第1回の朝鮮征伐(文禄の役)には、伊達軍は出征することなくすんだのであった。この時からファッションセンスにこだわる男たちのことを伊達者と呼ぶようになった。
 伊達政宗は、相手の嗜好を読み切り、その嗜好に自分がぐっと近づくことで相手の懐に飛び込んで、大きな負担を免れるという心理作戦を実行する人間力を持っていたのである。
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人間力とは、「大人になること」と見つけたり













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