新刊
「超」人間力 エピソードで学ぶ「人を動かす技術」 岡本呻也 
PHP研究所刊 
「相手と通じ合う力」が身につく、画期的なエピソード集

 これまで、わたしが提唱する「人間力」という概念を、どのようにすればわかりやすく説明することができるか腐心してきました。「人間力」はむつかしいものではありませんが、立体的で奥の深いコンセプトだからです。
 そこで、「人間力」の全部の要素を、すべて親しみやすいエピソードで説明してみようと考えました。歴史上の偉人の話から、現代の経営者の話、私が身近に体験したことまで含めて、「人を動かす技術」についての58のエピソードが、「人間力」のコンセプトに沿って収録されています。

 

       -- 目次 --

 

まえがき  「人間力」に満ちた人を目指そう

 豊臣秀吉の壁普請
 カーディーラー 「師匠の技」


第1章 「人間力」とは人を動かす能力である

 落語「岸流島」 戦わずして勝つ方法を考えよ
 天才だけどむなしい東大生
 有権者に自分の意思を持たせ、行動させた小泉純一郎
 自動車トップセールスマンの「心をつかむワザ」
 新規開業病院が狙う看板の意外な効果
 四面楚歌 史上最大の心理戦
 ディズニーランドのお子さまランチ
 相手の懐に飛び込むアイデア営業術
解説 「人間力」とは何か


第2章 「人間力」の前提 相手と心を通じ合わせる

 客の心理が読めない家電量販店の販売員
 心の傷を癒す管理人のおばちゃん
 「てんびんの詩」に見る「心の通じ合い」
 後藤田正晴からの一本の電話
 ナポレオンの演説術
 「13デイズ」 世界を賭けたにらめっこ
 「アテンションプリーズ」 アテンダントの機転
 長野青年会議所メンバーたちの心の通じ合い


第3章 心の窓を全開にする

 シンドラーのリフト
 営業現場で起きている会社崩壊
 買い手意識を捨てた味の素マヨネーズ
 意表をつく一言で不安を鎮めた大山巌
 松下幸之助の腰の低さ
 キスカ撤退作戦で5000人の命を救った木村少将
 欽ちゃんの潔いお詫び


第4章 いつもリラックスして仕事する

 荒川静香、金メダルよりもイナバウワー
 ドライバーの心を読む安全運転センター教官
 昭和天皇のマッカーサー会見
 熱海会談 松下幸之助の涙
 ソプラノ歌手 アンナ・ネトレプコの表現力
 「ゴッドファーザー」 マフィアの大抗争を招いたささいな失言
 韓信の股くぐり
 葬儀社員は自分を殺してサービスに徹する
 ダライ・ラマ 「欲」について語る
 食べてやせるストレスのないダイエット法


第5章 相手をよく見て、その望みをかなえる

 シャーロック・ホームズの観察眼
 万引きバスターズ
 リッツ・カールトンが持つ共感する力
 美人を口説く凄腕スカウトの目線
 松下幸之助 万博の松下館に並ぶ
 小泉首相 移民の気持ちを汲む
 有名ゴルフクラブのキャディの心づかい
 石田三成と大谷吉継
 田中角栄 知より情の人心掌握術
 戦闘機パイロットの「クロスチェック」


第6章 相手の心を動かす

 曹操「梅を望んで渇きを止む」
 無愛想な家具売り場のおじさん
 「クリムゾン・タイド」 部下の力を引き出す
 『ジュリアス・シーザー』 理詰めの限界
 エステー米国子会社のリストラ
 ジャパネットたかたの説得術
 『マネーの拳』 納入業者を許す
 アメリカンエキスプレス カード紛失時の気配り
 「ここまでやるか」 帝国ホテルのサービス
 徳川家康の「空城の計」
 ヤクザの説得術 人間力の暗黒面
 『米百俵』 常在戦場
 司馬遼太郎「二十一世紀に生きる君たちへ」から


◆人間力の3要素.1 心の窓を全開にする

松下幸之助の腰の低さ  リーダーは頭を低くして社員の能力を引き出す
【人間力レベル☆☆☆】

 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉があるが、偉くなる人ほど不思議と腰が低くなるものである。

 ある夫婦が新幹線に乗っていると、斜め前の席に松下幸之助が座っているのに気がついた。旦那さんは「あっ、松下さんだ。話しかけてみたいなあ」と言ったのだが、奥さんは、「やめときなさいよ。あんな偉い人があなたとお話しするはずがないじゃないですか」と押しとどめた。それでも夫が「一言だけでもしゃべりたいなぁ」とブツブツ言っているのを聞いて奥さんは、「じゃあみかんを買って、それを差し上げるのを話のきっかけにしたらどうかしら」と提案した。早速旦那さんはみかんを買って幸之助のところに持っていき、「いかがですか」と手渡した。幸之助は一瞬びっくりした顔をしたのだが、うれしそうにありがとうと受け取って、その場で皮をむいて食べ始めた。
 そして幸之助は京都で下車する前にこの夫婦の席に来て、「先程はありがとう。おいしかったですよ」と頭を下げた。このご夫婦はその幸之助の振る舞いにいたく感動したのだが、その後ホームに降り立った幸之助は、その夫婦の乗っている座席の窓のところに来てさらにお辞儀をし、新幹線が動き出すまで夫婦を見送ったのである。旦那さんは涙が出るほど感激し、家に帰るとさっそく電気屋さんを呼んで、電球の一個に至るまですべてナショナル製品に替えさせたという。

 幸之助はPHP研究所の江口克彦社長にこう言ったそうだ。
 「小さい会社の経営者であれば率先垂範して部下の人に命令しながらやることも必要だけど、これが百人とか千人とかになれば、それではあかんね。心の底にこうしてくださいというような心持ちがないとあかん。これがさらに一万人、二万人となれば、どうぞ頼みますという心根に立たんとだめやな。けど、もっと大きくなると、部下に対して手を合わせて拝むという思いがないと、いかんということや」

 平成元年4月27日、松下幸之助は亡くなった。死の直前、幸之助は声帯が委縮して声が出なくなっていたので、のどにたまったたんをチューブで吸引する必要があった。その際、主治医である松下記念病院の院長が、「これからチューブを入れます、ご辛抱ください」と幸之助に語りかけた。そのとき幸之助は力を振り絞って弱々しい声でこう応えたそうだ。「いやいや、お願いするのはわたしです」。これが松下幸之助の最後の言葉であった。
 すぐれた人間力を持つリーダーは、腰が低く、だれでも自分と対等な人間だという意識を持っているものである。

◆人間力の3要素.2 いつもリラックスして仕事する

荒川静香、金メダルよりもイナバウワー 「何よりも自分らしく」でプレッシャーをはねのける
【人間力レベル☆☆☆】
 
 トリノ冬季オリンピックは終盤に到るまで、日本選手は誰ひとり金メダルを取れなかった。このときのために大画面テレビに買い換えて期待しつつ観戦していた人たちは、前評判との違いにカリカリしていたことだろう。最後の競技フィギュアスケート、ショートプログラムが終わった時点で荒川静香選手は3位につけていた。1位だったコーエンとは0.71点差。フリー演技で勝負が決まる。
 勝敗の分かれ目は、「金メダルが欲しい」というプレッシャーといかに戦うかだった。1位のコーエンはそのプレッシャーに負けて最初の連続ジャンプで転倒。2つ目のジャンプでも手をついてしまい、結果として銀メダルに終わる。ショートプログラム2位のスルツカヤは、自分自身の心臓病と、母親の看病のためにいったんはスケートを断念していた。しかしスケートをやめてから「やっぱり自分はスケートをやりたい!」と考え直して再挑戦し、世界選手権も欧州選手権の優勝も勝ち取っていた。「もうあとはオリンピックの金メダルだけだ」というプレッシャーに負けて、スルツカヤは後半の3回転ループで転倒してしまう。

 もちろんどの選手も血のにじむような努力をしてここまで来たのだから、「金メダルを手にしたい」という思いは同じだ。しかし荒川静香は違っていた。彼女はバイオリンに編曲された「トゥーランドット」の調べに乗って、実に伸びやかに演技を繰り広げた。そして2つ目のジャンプでは回転数を1回抑え、イナバウワーの後の3連続ジャンプにすべてをかけた。そうした気持ちの余裕を持っていたのだ。
 イナバウワーは、新採点方式になってから採点に入らないこともわかっていたが、彼女には「イナバウワーはできる限り長い時間やりたい」という気持ちがあった。なぜなら、彼女にとってイナバウワーは自分らしさを表現する手段だったからである。つまり彼女は、「このオリンピックは自分のスケート人生の中で最高の舞台にしたい」という思いを、金メダルを取りたいという気持ちよりも優先していたのだ。だからショートプログラムで3位になって「ひょっとしたらメダルが取れるかもしれない」と思ったときにも、「その自分の心にフタをした」と語っている。

 「何よりも自分らしさを出したい」という自然で気負いのない気持ちでリラックスして滑ることで、伸び伸びとした表現になり、これが高得点につながった。リラックスすれば集中力が出てくるので、自分のもともと持っている能力を最大限発揮することができる。これにより荒川は、日本中が待望していた金メダルを獲得することができたのだ。
 極限の状況下においても荒川静香は、リラックスすることで全力を発揮したのである。

◆人間力の3要素.3 相手をよく見て、相手の望みをかなえる

小泉首相 移民の気持ちを汲む  「人の望みをかなえてあげたい」という気持ちを持っているか
【人間力レベル☆☆☆】

 相手の気持ちがわかれば、次は「相手が求めていることを素直にかなえて喜ばせてあげたい」と思うのが自然な心の働きだろう。相手を観察するだけでは意味がない。相手の望みをかなえてあげたいと心から思えなければ、人間としてつまらない。
 2004年9月14日午後3時、ブラジルのグァタパラにある運動場では、近辺に住む日系移民の農民100人がサンパウロ方向の抜けるような青い空を見上げていた。このとき初めてブラジルを訪れた小泉純一郎首相が農業視察のため隣の町を訪問する途中、ヘリコプターでここを通過するということを聞いたためである。1908年に最初の移民を日本から運んだ笠戸丸以来、ブラジルへの日系移民は25万人と言われ、彼らは故郷を懐かしみながら農業などにいそしんできた。小泉首相の祖父は鹿児島出身であり、笠戸丸移民はほとんど鹿児島出身だったこともあって、グァタパラ移民たちは「もし小泉首相がこの上空を通るのであれば、ぜひ上空からでいいから笠戸丸移民の拓魂碑に花束を投下してほしい」と領事館を通して頼んでいたのである。

 彼らは小泉首相に精一杯の歓迎の意思を表すために、運動場に石灰で歓迎の文字や日の丸を描き、乾燥した強い風に鯉のぼりをはためかせてヘリコプターの到着を今か今かと待っていた。
 しかし予定の午後3時になってもそれらしい機影がまったく現れないので、お年寄りからは「もう来ないようだから家に帰りたい」という声も上がり始めた。群衆がざわつき始めてしばらくたったころ、ヘリコプターがはるかかなたから1機2機3機と近づいてきた。待ちくたびれていた移民たちはやおら元気を取り戻し、「来たぞ来たぞ、日本国総理大臣がやってきた!」と飛び上がって喜び、日の丸の旗を力の限り振りながら万歳を唱した。
 3機のヘリコプターは運動場の上空を大きく旋回し、いくつかの花束を投下した。それを見た人たちは「バンザイバンザイ、ありがとう、さようならぁ」とあらん限りの声で叫んだのだった。3機のヘリコプターは旋回を終えて移住地に背を向け飛び去ろうと後ろ姿を見せたが、そのうちの一機が空中で何秒間か静止して立ち去りがたい風情を見せた。そしてやおら運動場の隣のサッカー場に降下し始めたのである。
 それを見た移民たちは小泉首相が降りてくると直観し、歓声を上げながらサッカー場に走り始めた。

 そのヘリコプターからはサンパウロ州知事、ブラジルの農務大臣、駐ブラジル日本大使、そして空色のスーツにノーネクタイの小泉首相が降り立ったが、小泉首相が一歩前に歩みを進めたとき、彼のもとに真っ先に駆けつけたのは79歳の老人であった。彼は泣きながら、足がもつれてパッタリとひざまずきつつ小泉首相に両手を差し伸ばしたので、小泉の腰に抱きつく形になってしまった。そのあまりにも素朴な姿を見た他の移民たちは、もう自分を抑えることはできなかった。
 皆われを争い小泉首相に近づき、握手を求め、首相の背広を引っ張り、涙を流し、叫び、万歳をいく度ともなく繰り返し、一緒に写真に収まりたがった。州知事や農務大臣、SPまでもが「あんたは邪魔」とばかりに遠くに押しのけられてしまった。移民たちは、このはるばるやって来た故国の代表者とのふれあいを短い時間ながらも心ゆくまで楽しむことができたのであった。

 小泉首相は、サンパウロにおける講演で、「ヘリから地面を見たら『カンゲイ小泉大臣』という文字や鯉のぼりが見えた。わたしの顔が見えるかどうかわからないのに手を振ってくれているのに花束を投げて帰って本当にいいんだろうかと申し訳なく思ったので、何とか下に降りたいとパイロットに頼んだ」「涙をもって迎えてもらった」と述べた後、涙ぐんでしばらくスピーチを中断してそのときのことを振り返った。聴衆は小泉のその姿に息を呑み、思わずもらい泣きをしたのである。
 小泉は心から移民たちが自分を歓迎し、少しでも祖国をしのぶよすがが欲しいと切望していることを知っていたので、「彼らの望みをかなえるため、時間が許すのであれば彼らのそばに行ってあげたい」と素直に思う気持ちを持っていた。その気持ちが巧まずしてこうした感動を呼んだのである。

 翌年7月、このできごとを記念してグァタパラの中央公民館前に、小泉自身が「感動 日本移民発祥の地」と揮毫した記念碑が除幕された。
 小泉首相は「自分の得にならなくても人びとを喜ばせてあげたい、みんなの望みをかなえてあげたい」と心から思っていたのである。

◆相手の心を動かす

曹操「梅を望んで渇きを止む」  人は自分の欲しいものを手に入れるために働く動物である
【人間力レベル☆☆】

 デール・カーネギーは、「人を動かす唯一の方法は、その人の好むものを問題にし、それを手に入れる方法を教えてやることだ」と書いている。
 これは三国志の時代の話。魏の曹操は大軍を移動させていた。しかし移動の途中、まだ目的地がはるかというところで水がなくなってしまった。軍隊にとって水の欠乏は全体の士気を挫けさせてしまうたいへんな問題である。案の定、兵士たちはのどの渇きを訴え、ただ休むことだけを考えて前に進む気持ちをなくしてしまった。曹操は士気の低下を看取って、兵士たちに前方を指さしながら大声で呼びかけた。

 「みんな、もうしばらく行くとかなり大きな梅林がある。今の季節だと、梅には酸っぱい実がいっぱいなっているはずだ。それでのどの渇きを癒すことができるぞ」
 この声を聞いてみんな口の中に唾がわき、苦しい行軍を続けることができた。魏の大軍はしばらくして川にたどり着き、みな思う存分水を飲めたのだった。「梅を望んで渇きを止む」という故事である。曹操がすごいのは、「むこうに川がある」と言っても、今の喉の渇きはいえないが、「梅がある」と言われれば唾がわいてきて「よし、前進して梅林まで行こう」という気持ちになることだ。たんに目の前に「水」というにんじんをぶら下げただけでないのが、人の心を知り尽くした大将の力量だろう。
 曹操は「相手の望みをかなえる方法を教えてやれば人は動く」という人間の本性を知り、実践していたのである。

 

 





 

 

 

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